帰宅


 不採用。フェンライが、その言葉を吐くときの震えようと言ったらなかった。相手は、異常者が育てた異端児。我が国にとって強大な戦力になることは、まず、間違いがない。

 それでも、圧倒的に、要らなかった。


「な、なんで私は不採用なんですか!? 納得できません!」

「……」


 意外にも普通の反応を見せる金髪美少女。フェンライが、どうオブラートに取り憑くって説明しようかと考えていると、


 それよりも早く先代異常者が口を開く。


「ククク……君は選ばれる立場だから、納得もなにもないんだよ。これが、現実だよ。早く受け入れて、一刻も早く精神病院でその難儀な性格を治してもらうといい」

「……」


<<聖獣よ 闇獣よ 双壁をなし――>>


「!?」


 聖闇魔法。万物を破壊せしめる最高峰の魔法を唱え始めるリリー。


「リ、リリー!? 落ち着いて! フェンライさんの屋敷が粉々になっちゃうよー」


 慌てて彼女を羽交い絞めして止めるのは、シス=クローゼ。その一点の曇りもない湖の色を映し出したような藍色のロングヘアがリリーを抑えるために左右に揺れる。


「放して―! あいつを殺すのー! この屋敷ごと粉々にして不採用の事実自体なかったことにするのー!」

「……っ」


 不採用にしてよかったと、心の底からフェンライは思った。やっぱり、完全に異常者であり、異端者であった。癇癪を起こして、その場の施設を破壊しようなどと、建物内に猛獣を飼っているようなものだ。そして、決して擁護する訳ではないのだが、完全にアシュの論が正しい。

 

 しかし、フェンライはあらためて、目の前の闇魔法使いを見ながらつぶやいた。


「……恐ろしい男だな」


 実際のところ、世界というのは、百人にも満たない人間が動かしていると言っても過言ではない。それは、大量の人材を意のままに動かせる力、権力というものがピラミッドのように下へ拡がりを見せるものだからだ。


 フェンライは紛れもなく頂点の権力を行使できる者の一人である。彼らは、世界という巨大な盤面で、チェスの駒のような人材で、盤面のような陣地を取り合っているに過ぎない。


 その意味では、ヘーゼン=ハイムは該当しない。彼は類い希な魔法使いであるが、あくまでその力は個人である。彼らに持ちうる権力はごく近しいものに限られ、大きく拡がることはない。


 そのため、彼らは顧問役や教育係として権力者に相談・協力・助言ができる立場として影響力を持とうとした。しかし、それはいわゆる間接的な影響力で、様々な制約やしがらみがあるのが事実だ。


 その点、アシュ=ダールは違う。この男は権力者を権力者とは見なさない。一人の個人として、フラットな目線で話す。たとえ、国王だろうが、乞食だろうが。老人だろうが、子どもだろうが。女性に至っては、既婚者だろうが、80歳を超える老婆でさえ口説こうとする。


 権力者が、ことさらにこの男を嫌うのは、天上人のように振る舞っている自分が、ただの人間であると自覚させられるからだ。アシュの周囲にある巨大なる暴力によって、いつ、いかなる時も死の危険が伴っていることを自覚せざるにはいられない。


 この男に権力は皆無だ。しかし、頂点にいる権力者に向かって、真っ向から物が言える唯一無二の存在でもある。それ故に、与える影響力が桁違いなのだ。天上人を人間にまで貶める行為で、誰もがアシュ=ダールと聞けば戦慄せざるを得ない危険な毒なのだ。


「ふぅ……これ以上いても、リリー君がお邪魔だと思うので失礼するよ」

「ほ、本当か?」


 邪魔もなにも、アシュが一番邪魔なのである。目の前でわめいている金髪美少女の比ではないくらいに、もう、死んで欲しい。


「しかし、名残惜しいね。僕はなかなか奥手だから、気の許せる友人が少ないんだ」

「……ははっ。今度はこちらから遊びに行くよ」


 だから、もう二度とこの地を踏まないでくれ、とフェンライは神に祈った。


「ちょうどいい。今度ホグナー魔法学校の文化祭で面白い催しものがあるんだ。ライオールが提案してくれたんだが、やはり彼は侮れないな」

「ほぉ……あのライオール=セルゲイが」


 名前は何度も聞いているし、数度話したこともある。聖人君子で通ってはいるが、フェンライは決して油断のならないという印象をどこかに感じた。しかし、アシュと同様、権力欲のない男なのは会話でも今のやり取りでも見て取れる。


「面白い男だな。彼ほどの人物なら頂点の権力者にだってなれただろうに。それが、文化祭で催しものか」

「僕は異文化交流のためにトップレス喫茶を提案したんだが、視野の狭い生徒たちに阻止されてね。まあ、ゲリラ的に、なし崩し的に、強制的にやろうとは目論んでいたが、それよりも魅力的な提案だったのでね」

「ほ、ほぅ……」


 もしかしたら、トップレス喫茶であれば行っていたかもしれない。しかし、それよりもライオールの魅力的な提案というものに興味が沸いた。アシュは嬉しそうに、一枚の洋皮紙をフェンライに手渡す。


「はい。これは、招待状だ。僕もクリエイターとして企画に携わることにしたから、プレイヤーとしてぜひ来て欲しい」

「……プレイヤー?」

「ああ。リアルな人間による、リアル、ボードゲーム。友人である君を特別に優先招待しようと思ってね。ククク……ぜひ、来てくれ」

「……は、ははっ。あ、あいにく今年はもの凄く忙しくて、5分くらいしか寝てないんだ。せっかくだが、遠慮させてもらう」

「せっかくだが、『NO』という答えはないんだ」

「……っ」
























 ライオール、貴様か! とフェンライは思った。




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