朝食


 なぜか、帰宅しておらず当然のように、ここにいるアシュ。当然のように、ここにいる生徒たち。ミラ。


「やぁ、フェンライ君。ここにいる女性方はみな元気だね」

「……脇腹から血が出ているようだが」

「ふっ……違うよ。これは、ちょっとケチャップをこぼしただけさ。ねえ、バーノルドさん」

「ひっ。来ないでぇ!」


 怯えた表情で、全力で拒絶する。手は震えていた、地面にはナイフと赤く染まった高級絨毯。明らかに殺人未遂現場であるにもかかわらず、アシュはシニカルな笑みを浮かべ、絶賛、カッコつけ中である。


 ――死ねばよかったのに。死ねばよかったのに。死ねばよかったのに。フェンライは、まるで呪いをかけるかのように連呼する。


 しかし、それにも増して異常なのは、アシュの生徒たち。目の前で殺人未遂が起きているにもかかわらず、本人たちは地中海バイキングとトークに夢中である。特に金髪のリリー=シュバルツという魔法使いが、まるで主演の舞台女優かのように大げさに振る舞っている。


 朝っぱらからツッコミどころは多数あったが、とにかく、これだけは聞かずに折れなかった。


「か、帰ったんじゃなかったのか?」

「ん? 帰ってないよ」

「……っ」


 至極当然のように、前言を撤回し、優雅にタピオカを頬張る、アタオカ魔法使いである。


「……なんで嘘つくんだ?」

「嘘? なんのことかな?」

「アシュ様。昨日、しでかしてしまった血縁鑑定のことかと思います。デリカシー皆無の行為をなさったあなたに対し、フェンライ様が『帰ってくれ』と言いました」

「あっ……ああ」


 わかるだろ、普通。文脈と尋常じゃない空気感から読み取れよ、そのくらいとフェンライは豚鼻を鳴らす。


「あれは、『今日は部屋に戻ってくれ』ということじゃないかと思っていたが、違ったのかい?」

「違う。私とエロールは、君にされた行為によって、『家族とはなにか』ということを深く深く話し合う必要ができたんだ。悪いが、君と話している時間はないんだ」


 もちろん嘘だが、こうして罪悪感を募らせることで、居づらい雰囲気を作ろうとする。普通は、いたたまれなくなって、すぐにでも、その場を後にするはずだ。


 しかし、目の前の闇魔法使いはフッと優しい笑みを浮かべる。


「そうか……いい、キッカケになったんだね」

「……っ」


 し、信じられない。むしろ、いいことをしたんだ的な態度が至極腹が立つ。こちらの家族を崩壊せしめといて。なんなら、ダルーダ連合国史上最大規模の内乱勃発の芽を巻いておいて。なんで、そんな柔らかな表情ができるのだろう。


「と、とにかく。そういう訳で、帰ってくれないか?」

「いや。まだ、こちらの用件を済ませてないからね。ダン君。リリー君」

「はぐっ……」


 完全にこっちの都合、無視。


 そんなフェンライの嘆きをよそに、アシュはバイキング中の二人を呼び出す。


「こちらはダン君。昨日も紹介したと思うが、彼は優秀な精霊魔法の使い手でね。学力も申し分ないし、もしここに就職した時には力になってやって欲しい」

「……お前がアシュ=ダールを連れてきたのか?」

「ひっ……」


 圧倒的殺意をフェンライは覚える。まさか、成人にも満たない子どもにこんな感情を抱くなんて夢にも思っていなかった。すぐに目の前の食卓にあるナイフで、この青年を滅多刺しにしてしまうかもしれないほどの狂気に襲われる。


「そして、こちらが歩く不良債権リリー=シュバルツ君。国別対抗戦でMVPを取ったのは知ってると思うが、その優秀さを上回る素行の悪さと不安定な情緒で正直、手に負えないんだ。どこかいい精神病院か頑強な監獄か、なければ働き口を紹介してやって欲しい」

「な、なんて物騒で失礼な紹介するんですか!?」

「……概ね事実を言っていると思うが」

「フンだ! あ・の! リリー=シュバルツと言います! 初めまして!」

「よ、よろしく」


 ハキハキと挨拶をする金髪美少女と握手をするフェンライだったが、警戒心は崩していない。四属性魔法で、合法的に他国の生徒を殺害しようとした、あの少女だ。太陽宰相は、この少女がアシュの後継者だと睨んでいる。


「私、中位悪魔を呼べますよ。やって見せましょうか?」


 !?


「ブヒィ……や、やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろおおおおおおおおおっ!」


 必死、必死に、必死に制止する。


「ほら、だから言っているだろう? 中位悪魔は危険だから自己アピールにはならないって。しかも、君の支配は完璧ではない。ヘーゼン=ハイム出現以前の中位悪魔が、どれだけの国を滅ぼしたと思ってるんだ。歴史に学びたまえ」

「でも、聖闇魔法だと私はまだローラン=ハイムに及ばないから、唯一無二の特技があればいい自己アピールになるって、先生から頂いた本に書いてありました」


 リリーは『失敗しない! 面接における積極的自己アピール』というタイトルの書籍を食卓に置いた。


「ふぅ。フェンライ君。こんな魔法使いだが、能力と熱意だけは保証する。どうだい?」

「……っ」



















 結局、ダンだけの仮採用となった。


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