フェンライの屋敷を出たアシュ一向は馬車で次の目的地であるセザール王国へと向かう。揺れる馬車の中で、いつも通りくつろいでいる闇魔法使いは、有能執事のミラに尋ねる。


「ナルシー君の父親。なんと言ったかな?」

「セザール王国筆頭大臣のリデール=デンドラ様でございます」

「そうか。ならば、ご挨拶しなければ、な」

「な、なんの挨拶ですか?」


 リリーはワナワナしながら聞く。


「なんだい、ヤキモチかい?」

「あ、圧倒的に違います!」

「もちろん、生徒を預かる教師としてだよ。それに、ジスパ君の就職先の紹介もしてもらいたいと思ってね。実はセザール王国に友人は少ないんだ」

「……」


 セザール王国どころか、ボッチだろお前、とミラが心の中でつぶやく。


「まあ、空間転移装置を活用したとしても、到着には1日はかかる。ミラ、ワインを開けてくれ」

「かしこまりました」


 有能執事は、豪奢なワインセラーからワインの入った瓶を取り出し、アシュが持っている杯に注ぎ込む。


「ったく昼間から」


 リリーが本を読みながら呆れた表情を見せる。


「君たちも飲むかい?」


 !?


「み、未成年に酒を勧めるんですか?」

「ダルーダ連合国は、確か16歳以上であれば飲酒は問題なかったはずだが。なあ、ミラ?」

「ええ。特別クラスの生徒方の年齢であれば問題はないはずです」

「ふっ……さすがは僕の執事。君みたいに他国の法律を熟知せず、モンスターペアレントのごとくクレームを述べるだけの生徒とはひと味違うな」

「ぐ、ぐぐぐぐぎぎぎっ……」


 グリグリと。


 いつものようにマウントをとられながら、金髪美少女は獰猛な犬のように唸る。そして、この一連のやり取りはいつも通り馬車内の空気を悪くする。


「で、でも、ミラさんって本当になんでも知ってるんですね。他国の細かな法律まで頭に入ってるなんて」


 なんとか雰囲気を変えようと、ダンが有能執事を褒め称える。


「たまたまです」

「いや、謙遜ですって。そんな飲酒の年齢の事なんて調べる機会なんてないでしょう?」

「アシュ様がナンパした女性に飲酒を勧めて、後日15歳だと発覚して親に訴えられてましたから。冒頭陳述で『彼女の肉体的な発育は立派な女性だ。断固として無罪を主張する』と宣言した時は、弁護人として顔から火が出るかと思いました」

「……」

「……」


「「「「「……」」」」」


 その時、空気が死んだ。


「……ふっ。色々と大きかったからね、彼女は」


 まだ青い空を見上げながら。キチガイエロロリ魔法使いは、シニカルな微笑みを浮かべる。


「し、信じられない」

「いや、本当に大きかったんだよ」

「話が信じられないじゃありません! あなたの品性が信じられないって言っているのです!」


 リリーがビシッと正論を浴びせる。


「この変態」

「教師として忠告するが、そんな差別用語は使わない方がいいな。君みたいな排他的な差別主義者がキーキーと猿のようにうるさいから、セクシャルマイノリティは息苦しく生きていくハメになるのだ」

「……っ」


 酷いこと言われた、とリリーはガビーンとする。


「まあ、議論を戦わせるのに、多少汚い言葉には目をつぶろう。見た目が大人の子どもと見た目が子どもの大人。君たちならどちらを選ぶかという問いについて、ワインを傾けながら大いに語らい合おうじゃないか」


 どちらも選びそうな真性変態魔法使いは、キチガイじみたお題目を述べながら、ワイングラスを生徒たちに手渡す。


「まったく……酒なんて身体に毒ですよ」

「はぁ、リリー君。君はやはり堅いな。金輪際、もう僕とは酒を飲めないかもしれないのに」

「……どういう意味ですか?」

「深い意味はないよ。ただ、未来に確定的なものなどない。君たちが卒業した後も、僕と会える保証などないしな」


 アシュはワインを口に傾けながら言う。そんな様子を眺めながら、青い髪の美少女――シスが辛そうな表情を浮かべる。


「……そんなの、嫌です」

「駄々をこねれば、哀しい未来は来ないのかい?」

「……」

「昔、いつか大人になった時。一杯だけ酒を飲もうと約束した人がいたよ。その人は酒は思考を鈍らせるから嫌悪していたが、駄々をこねたら了承してくれた。互いにどんな味なのか、互いに教え合おうって」

「……その人とはそれから」

「僕が成人する頃には、もうそんな間柄ではなかった」

「……」

「もう二度と会いたくない人だったが、それだけは少しだけ悔やんでいるな。その時、酒を飲んでいたら、あの人が飲んだ酒の味が聞けただろうに」

「……」


 シスは、やがて、注がれた杯を大きく傾け一息でワインを流し込んだ。リリーも、他の生徒たちも同じように、注がれたワインを飲む。


「ぷはぁ……うえええ、苦いです」

「ははははっ。そうか、苦いか」


 アシュは心地よさそうに窓の外を見ながら、ワインの杯を傾ける。


「しかし、君たちは飲み方がなってないな。ワインとは舌で味わうものだ。十分に大人になって、紳士、淑女の嗜みが理解できた時、また飲もう」

「アシュ先生……先生はお酒、美味しいですか?」


 その生徒の問いに。


 闇魔法使いは少しワインを傾けて。


 窓の外を見ながら頷く。


「ああ……南のボミュスコ産は僕の好きな地域だからね」


























「アシュ様。北方のレグレス産です」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る