誘惑


 結局、ベネスとパールパティの遺恨はヘーゼン=ハイムの死後だったらしい。それこそ、フラッとやって来て、歯の浮くような台詞のオンパレード。当然、幻術を使って追い出したが、一向に目げずに口説いてきたと言うことだ。


 そして、何度も挑戦するうちに幻術を破られ、例によって夫婦の契りを結ぶという村の掟が発動し、彼女たちは泣き暮れ、絶望しながら申し出るが、結果としてフラれるという以下同文の意味不明展開だった。


 ちなみに、当時の成人女性のすべてが同じ目に遭ったらしい。


「……も、もう終わりよね?」

「いや」

「もういい!」


 レースリィは机を叩いて会話を強引に終わらせる。倒すべきクズだと言うことは、もう嫌と言うほどわかった。


「アシュ=ダールを殺す。要するに、村の総力をあげてやるってことね」

「ああ。しかし、側にいる執事が存外厄介だ。なんせ、あの女は幻術が効かないからな」


 ベネスが唇を噛みながらつぶやく。


「幻術が……効かない? 私たちのものでも?」

「ああ」

「……信じられない」


 自分たちのそれは、他者の半端なそれとは違う。アシュであれ、ヘーゼンであれ幻術をかければ効かないと言うことはない。いかにして防ぐか、破るか、回避するかが幻術のスタートなのに、まったく効かないなんて、とてもじゃないが人間だとは思えない。


「アシュ=ダールの話だと、その執事は人形らしい。まあ、ヤツは脳みそに魔薬を直接注入されてるから、妄言である可能性も高いが」

「……人形」


 ゾッとする話だ。人形が執事だと言う時点で、まるで、お伽噺でも聞いているような錯覚に陥る。


「だから、表面上で敵対関係を作ると、その執事を敵に回す。これが、信じられないくらいに強い。近接格闘能力も大陸有数。まず、我々の戦闘力だと対抗できるのが私ぐらいだ」

「……ベネス姉様クラス」

「あくまで、近接格闘においてだ。その執事は、魔法においても超有能だ。以前、パールパティと遠隔魔法戦で互角にやり合った」

「近接も遠隔も……なんで、アシュ=ダールの執事なんかやっているの?」

「何かしらの契約で縛られているだろうな。命令を聞く時も嫌々という節もあった」

「……っ」


 なんと最低な魔法使いだろう。次から次へと、嫌な情報しか出てこない。脳に魔薬を大量にブチ込み、すでに狂ってしまったのだろうか。とにかく、正気という正気を失っている。


「でも、そんな強力な執事を退ける方法はなにかあるのかしら」

「……それ自体は簡単だ」

「えっ!? そんな方法が?」

「アシュ=ダール自身に、その執事が手を出さないように仕向ければいい」

「なるほど……幻術でそれをやるってことね」

「いや、幻術だと執事が反応する。あくまで、幻術なしで自発的にさせなくてはいけない」

「そ、そんなことできるかしら!?」


 この姉は何を言っているのだろうか。こんな暗殺者まみれの場所に乗り込んできて、敢えて最強の執事を自ら外させるなんて、そんな行為に及ぶとはとてもではないが思えない。


「私は確かに簡単だと言った。しかし……これは、多大なる苦痛を伴う。レースリィ……お前には覚悟はあるか?」

「も、もちろん! 私たちシルミ一族はあらゆる苦痛を想定して、厳しい拷問にも耐えて来たじゃない!」

「……本当?」

「当たり前じゃない!? どんなことだって、やってみせる! いえ、やり遂げてみせる!」


















「じゃあ……アシュ=ダールを誘惑しろ」

「ほぇ?」

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