シルミの3姉妹(4)



 暗殺者が私情で暗殺をするなど、屈辱。とんでもない屈辱である。しかし、レースリィはどうしてもそれを責めることができなかった。


「……当時のワシとしてはそうするしかなかった。当然、掟を破った罪は背負う覚悟じゃった。ワシは……アシュ=ダールを殺害したら自らこの村を去る予定じゃった」

「そ、それでアシュは長老たちを返り討ちにしたのですか?」

「いや、幻術でボコボコにした。殺そうとしたが、命からがら逃げられた」

「……それなら、別に恐るるに足らないのでは?」

「しかし、ヤツは再びやって来た。『恋は試練……ならば、受けよう』とか抜かして、猛烈にアタックをしてきた。その時にも、またボコボコにして撃退した。そんな攻防がいくたび続いただろうか……事もあろうか、我が幻術を破ってみせた」

「そ、そんな……長老の幻術を!?」


 ジルコムは歴代でも有数の幻術使いだ。それが破られると言うことは、この村の幻術のほとんどを看破したことになる。そもそも、幻術は何度もかけるような類のものではない。


「初めから気づくべきじゃったのだが、ヤツは最初から意味不明な妄言と世迷言を繰り返していた。ここからはあくまで推測じゃが……強烈な魔薬を脳に直接、注入していた可能性が高い」

「……なるほど」


 レースリィは納得する。もしくは、すでに自身に幻術をかけてこの村に来ていたとか。それならば、意味不明な言動も、嗚咽しそうな『恋が云々』という妄言の理由も解明できる。


 ある程度の納得ができたところで、ジルコムは続いて声を震わせながらことの顛末を話し始める。


「幻術使いを異性に破られた時の掟……知っているだろう?」

「……技術の流出を防ぐため、夫婦の契りをする」


 レースリィの重々しい言葉に、長老は苦しげに頷いた。


「ワシ……いや、私はその日、泣いた。泣いたよ。初めて、心を震わせながら。だって、数日にして、この地上で最も嫌悪している存在となったアシュ=ダールの子を成さねばらなないなどと。我が未熟と人生を心の底から呪ったよ」

「その頃、長老には想い人はいなかったのですか?」

「婚姻を約束した仲の者がいた」

「……っ」


 辛い。それは、女性として辛過ぎる決断だったと思う。村の掟は、絶対的なものだ。もし、破れば暗殺者としての地位も、名声も奪われ、生涯を懸けて培った技術をも封印して生きていかなくてはいけない。一切を暗殺に懸けてきたシルミ一族の者にとっては、生きていくことは困難だろう。


「そ、それじゃあ、長老とアシュ=ダールは?」

「いや。それはない。ヤツは……事もあろうに、逃げ出した。『婚姻という制度で、本意ではない結婚をするのは僕の理想とするところではない。君が僕のことを心底思ってくれるまで、僕は待つよ』と言い残して姿を消した。私の覚悟を……ヤツは踏み潰したのだ」

「それで……」

「結局、ヤツはその後80年間以上姿を現わさなかった。それは数年後、ヘーゼン=ハイムが現れたからじゃろう。アシュはヘーゼンの息がかかった土地には姿を現さない。ワシらはヤツの情報を全て渡した。その時に、心の底からこの魔法使いと敵対しないでよかったと思ったものじゃ」

「……それで、アシュ=ダールという災厄は去ったと」

「いや」

「まだなんかしてるの!?」


 レースリィは、頭を抱えた。


「事もあろうに、ヤツは大陸魔法協会に我らシルミ一族の使用する幻術の論文を書いて、世に広めだした」

「……っ」


 技術の流出。シルミ一族にとっては、死活問題である。いや、それよりも問題だったのが、闇でしか知られていない彼女たちの存在を公の機関に公表したと言うことだ。あとがきに『この素晴らしき論文を開発者のシルミ一族に捧ぐ』などという妄言も添えて。


「その後、ヘーゼン=ハイムが各国に強権を発動して、その論文を握り潰し、ついでにシルミ一族の名前も抹消した」

「……なにやってんですかこの2人は」

「どうやら浅からぬ因縁があるらしい。アシュ=ダールという男とは違い、ヘーゼン=ハイムはかなりあの男に執着しておったように感じる」

「これで、やっと終わりですか?」

「いや」

「まだあるの!? どれだけあるの!?」

「これは……副次的な被害だが、ヘーゼン=ハイムがシルミ一族の存在を公に握りつぶした事によって対価を求めてきた。任務は『アシュの居所を探し、報告すること』。ここからヘーゼン=ハイムが死ぬまでの70年間。我が村の任務は、常にアシュ=ダールの居場所捜索が任務となった……長かった」

「それで……見つかったんですか?」

「いや。ヤツは異様に用心深い。こちらが探そうとすると、一向に影も形も現れなかった。その報告を毎回ヘーゼン=ハイムにしたが、これ以上ないくらい無能呼ばわりされたよ。軽く一万回は無能呼ばわりされたかな」

「ひ、ひどいっ……」

「ヘーゼンは何度も何度も私にそう言った。『標的の補足すらできない暗殺者などミジンコに等しい。お前たちは無能だな。無能なら無能らしく全身全霊を傾けろ。いついかなる時もアシュ=ダールの行動を思い浮かべて、365日24時間アシュ=ダールのことを想像しろ。貴様らがアシュ=ダールを恨んでいるという言葉は嘘なのか? 嘘でないなら結果を出せ。でなければ、生涯お前を無能だと見なす』。云々。確かに足を向けても寝られないほどの恩人ではあるが、恩人とはまったく感じられないまま、ヤツは死んだ。その日を祝して、祭りを制定した」

「ひ、ひど過ぎるっ……まあ、でもヘーゼンが死んだところで、一応任務がひと段落ついたと?」



















「いや」

「もういい加減にしてよ!」

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