シルミの三姉妹
*
シルミ一族の住む村は、森林の奥地にあった。人里を離れ、おおよそ文明からもかけ離れた質素な生活。まるで、この村だけが時間がゆっくりと流れているような、そんなのどかな村だった。
そこは、闇では暗殺者の村と呼ばれていた。
濃い褐色肌の美少女、レースリィ=シルミも16歳ながら、すでに数百人の対象を暗殺していた。暗殺の特性は常に冷静、冷酷であること。
しかし、この日の彼女は、かなり異様な光景を目撃し、動揺を隠せなかった。
「お、お姉様。どうしたんですか?」
問いかけた先は、狂ったように、手紙をビリビリと破り、足蹴にして、地団駄を踏んで、また足蹴にする美女。
パールパティ=シルミ。彼女は最も名の知れていない、最も有能な暗殺者と名高い、シルミ一族の才媛である。
「はぁ……はぁ……。なんでもないわ」
「で、でも普段から感情的にならないお姉様が、こんなに取り乱すなんて……」
「レースリィ……なんでもないと、言っているでしょう?」
「……っ」
怖い。普段から、怒ることなどまったくない。むしろ、いつも笑顔で平然と暗殺すら行う姉が、ここまで不機嫌になるのは余程の事態だ。
しかし、姉は5個上だし、暗殺者と言えどプライベートはある。当然、姉妹にだって言ってないことはあるだろうし、自分だって隠し事の一つや2つは持ってる。
……恋人とかそっち系のトラブルだろうか。
暗殺者と言えど、女子である。いわゆる、男女のアレコレ、痴態のもつれに関しては興味津々。もちろん、私情で殺すことは固く感じられている。それが暗殺者と異常者の違いであり、矜持であると、他ならぬ姉から教わった。
しかし。
「アシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺す……」
「お、お姉様!?」
絶対に殺すマンと化しているパールパティの肩をゆらゆらと揺らして、レースリィは必死に正気へと戻す。
「はっ……どうしたのかしら、私ったら。いけないいけない」
「……っ」
幻術に掛かっている!? 大陸でも有数の幻術使いの中でも最高峰の幻術使いが、完全に正気を失っている。
「お姉様……あの、その、アシュ=ダールとはいったい誰のことでしょう」
「アシュ=ダール……殺すアシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺す……」
「お、お姉様っ!?」
もはや、パールパティの脳内に発作的に作用するほどのトラウマを植え付けたアシュ=ダールという人物に俄然興味が湧いてきた。
放心状態と錯乱状態を繰り返しながら去って行くパールパティを見送った後、レースリィはビリビリにした手紙を集めて、書かれている内容を確認する。
「……これから、ここに来るんだ」
しかし、わざわざここに来ることを連絡してくるなんて、まったくの礼儀知らずという訳ではないらしい。
その後、すぐさま10歳歳上の姉である、ベネス=シルミのもとを訪ねた。彼女は、女性ながら屈強な剣士であり、筋肉質のある端整なプロポーションが魅力的な美人である。
「あの、ベネス姉様はアシュ=ダールという人物について、何か知ってますか?」
「お、お前っ……その名をどこで聞いたの!?」
「い、いたっ……痛いよ、お姉様!」
「ご、ごめんなさい」
肉が千切れるくらいに二の腕をギュッとされたレースリィがのけぞり、慌ててベネスは謝罪する。
「いったい、どーゆー人なんですか?」
「……一言で表すのならば、最悪の魔法使いね」
「その……それだけ、強力な魔法使いだと?」
「いや、もちろん実力は桁違い。天才という規格を大きく外れた魔法使いの一人ではある。でも、この男に関してはそう言うことじゃない。上手くは言えないところが本当に心苦しいのだけれど」
「……」
レースリィを気遣っているのか、ベネスはなんとか言葉を選びながら、説明しようとしてくれている。ただ、真実ではあるが、このアシュという男の本質ではない。聞いていて、そんな気がした。
「あの、ベネス姉様……この後、そのアシュ=ダールがここに来るらしいのですが」
「アシュ=ダール……殺すアシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺すアシュ=ダール殺す……」
「お、お姉様っ!?」
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