*


 その頃、フェンライには暗殺失敗の報が届いていた。すでに、首都に入った彼らとこの屋敷までは約1時間。


「ぶっ……ぶひぃいいいいいいいい!」


 今日も、強烈に彼の豚鼻が鳴り響いた。机にあるすべての書類を怒りのままに撒き散らしながら、フェンライは執事を睨みつける。


「はぁ……はぁ……役立たずどもが。本当に国内の精鋭を揃えたのか?」

「は、はい。ただ、時間がありませんでしたから、その範囲ではありませんが」

「……どう言う意味だ?」

「あの……だから、個人に対して軍を動かすのは、なにかと制約が……」

「お、お前。まさか、軍を……動かしてないのか? 俺はお前に言ったぞ? 『全身全霊を持ってアシュ=ダール一味を捕獲しろ』と。言ったよな?」

「……はい、でも」

「で・も?」


 この期に及んで、反論をしようと試みる秘書に、笑顔を浮かべるフェンライ。容姿重視の選考が仇となった。まさか、生涯を賭ける場面で、愚か者に余力を残されているとは思わなかった。


「す、すいません。あの……こんなことになるなんて思わなかったから」

「……怒らないから、言ってみろ。俺はお前にと命じたか? と命じたか?」

「いえ。あの、でも」

「……っ」


 再三に渡って話を遮り、言い訳を繰り出す秘書を前に、何かがキレた。フェンライは爽やかな笑顔を浮かべながら、手のひらを秘書の口の前に出す。


「聞け。私はお前に『ダルーダ連合国最強の精鋭を用いてアシュ=ダール一味を捕縛しろ』と命じた。そうだろう?」

「いや、でも」

「聞けよ!」

「ひっ……」

「私がお前に軍を動かすなと言ったか? いろいろと制約があるから、それでいいと言ったか?」

「い、いいえ」

「現に2流の暗殺者や兵を用いて、失敗してるではないか!? 相手を誰だと思っている!」


 フェンライは、秘書の胸ぐらを掴んで拳を振り上げた。


「ひっ……ないで」

「誰がだぁあああああああああああ!?」

「ひっ、ひいいいいいいいいいいい!」


 屋敷中に、秘書の阿鼻叫喚が響き渡る。もはや、怒りで我を失っているフェンライは、地べたに秘書を叩きつけた。


「はぁ……はぁ……貴様はクビだ。5秒で私の目の前から消えなければ、豚小屋でお前を飼育してやる」

「……は、はいぃ!」


 一目散に逃げる秘書を見つめながら、フェンライは大きくため息をついた。無能をクビにしたところで、事態が解決されるわけではない。


 そんな中、再びノック音が響く。


「なんだ? 今は忙しい。急用でなければ、後にしてくれ」

「お父様、エロールでございます」

「……要件をさっさと言え」

「あの、ぜ、ぜひ中でお話ししたいのですが。私……いや、私たちならば、お父様の悩みをかいけつできるかもしれません」

「……入れ」


 フェンライが無愛想に答えると、オズオズと美少女と美青年が入ってきた。彼の子である、エロール=キャンベルである。


 類い稀な魔力を保有した正室ランドル=キャンベルの子どもであり、その血を色濃く受け継いでいる。魔法使いとして超優秀な上に、勉学もトップクラス。その上、性格も庶民派で、目下、首都にそれぞれ平民に寄り添うために書店を切り盛りしていると言う。


 まさしく、自慢の娘であることは疑いがない。疑いがなさ過ぎて、ある時、フェンライは気づいてしまう。


 自分と、ほぼ、似ているところがない。


 それどころか、似ているところ皆無である。


 髪質も、目の色も、体型も、骨格も、目の形も、鼻筋も、輪郭も、血液型も、すべてが異なる。ついでに言えば、出産日から算出した周辺の日にちに彼女と熱い夜を過ごした記憶もない。















 完全に我が子ではないと認定していた。


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