失神


 ホテルの部屋の一室で、アシュは目が覚めた。キョロキョロとあたりを見渡すと、ミラが治癒魔法をかけている。身体を動かそうとすると、ビキッと刺すような痛みが響く。


「あ、あの……本当にごめんなさい!」


 オズオズとシスが謝罪をする。ミラが耳打ちで、経緯を説明する。どうやらアシュは、一瞬で右腕の関節を極められ、躊躇なくへし折られ、流れるような動きで首を絞めて、落とされた。


 お恥ずかしながら、という枕詞を添えて、である。


 時間としては3秒。ミラすらも反応できぬほどの鮮やかな手際であった。


 すでに、何事かと他の女子生徒たちが集まってきていた。みな、倒れているアシュを心配していたが、意識が戻ると、なぜ、女子生徒の部屋にアシュがいるのか。彼女たちの表情にはそんな疑念で溢れていた。

 そんな中、これ以上ないくらい堂々と、アシュは自身の髪をかき上げた。


「ふっ……シス君。合格だよ」

「……あの、ごめんなさい。なんのことでしょう?」

「君はをした僕が襲いかかっても、冷静に対処してみせた。さすがは僕の生徒だ」

「……」

「……」


「「「「……」」」」


 う、嘘くさいと生徒たちは思った。しかし、アシュは負けない。負けずに、力業で説明を試みる。


「……君たちは今、敵地の中心にいる。その事実をキチッと覚えておきなさい。暗殺者たちは夜の闇だけではなく、いつ、いかなる時も君たちの周囲へと忍び込む」

「……そんな、大袈裟なこといって誤魔化さーー」

「ジスパ君。君は朝起きた時に、鏡を見るかい?」

「え、ええ。まあ、女の子ですから」

「では、この鏡を見てみてくれ」

「な、なんなんですか?」


 痴漢論を食い気味に遮り、アシュはジスパに手鏡を掲げた。


「ミラ、アレをやってくれ」

「……かしこまりました」


 そう言って、有能執事は幻惑の世界イビル・レイを唱えた。すると、一瞬にして彼女はその場から消えた。


「ミラさん……どこに」

「ここでございます」


 そう答えたミラは、鏡越しから手を出して、ジスパの首元にナイフを突き出す。


「ひっ……」

「わかったかい? 昨日、僕の命を狙った暗殺者は、鏡の中に潜んで僕を亡き者にしようと企んだ。すぐに見破って、その愚か者を捕獲したがね」

「……」


 ? ミラは自身の耳を疑ったが、残念ながら聞きたくない声までが聞こえるほどの高性能なので、結果として主人の感性を疑った。そんな有能執事の嘆きをよそに、生徒たちはみな青ざめた表情を浮かべている。


「……こんな魔法見たこともありません」

「僕もだよ。鏡の中に潜むことのできる空間転移魔法の亜型だね。聖属性魔法なので残念ながら、僕には覚えることができなかった。しかし、非常に有用な魔法だ。本当に、残念だった……本当に……」

「アシュ様。本音が漏れ出ておりますが」

「こ、コホン。とにかく、君たちはより用心する必要がある。世の中は広い。まだまだ知られていない有効な魔法も数多く存在する」


 アシュの言葉に生徒たちは沈黙する。もちろん、自分たちの知識が全てだなんて思ってはいない。しかし、傲慢が服を着たようなこの魔法使いから、そんな事を言われるなど、想像だにしなかった。


「君たちは本の中で魔法を数多く学ぶが、そんなものは与えられた知識で、脆弱だ。だが、このように現実世界で磨かれた魔法は、より実用的かつ合理的だ。実戦によって培われたものは、強い」

「……」

「このダルーダ連合国は、実戦的、実利的な魔法を好む傾向がある。よく、勉強するといい。特に幻術の類いは、シルミ一族を筆頭に僕よりもレベルが高い」

「シルミ一族……ですか」

「幻術の始祖とされている一族だ。彼らは僕らとは別の文化形成をしている。そもそも、幻術は他の魔法とは一線を画すものだ」

「確かに……」


 幻術が得意なミランダは頷く。幻術は他の属性魔法や、聖闇の魔法とは、習得方法からして異なるのだ。だが、シルミ一族など歴史上の名前には残ってもいない。そんな、彼女の疑問を見透かしたようにアシュは答える。


「君の疑問には諸説ある。ある学者はこう言う。彼らがそう言った欲望に執着しない人々だったから。また、ある学者はこう言う。彼らは僕らの形成する文化に取り込まれたのだ、と。そして、ある学者はこう嗤う。彼らは闇に潜む暗殺者集団だ。表に名を残すはずがない、と」

「「「「……」」」」


 みな、一様に沈黙する。


「おっと。余談が過ぎてしまったようだ。まあ、大方は伝わったようだから、僕は失礼するよ。後で、決して起きない愚か者にも伝えてやるといい」


 未だベッドで意味不明な妄言を唱えているリリーにため息をつきながら、アシュはその場を去った。

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