カモフラージュ
大人の図書館。アシュが踏み入れた先には、一人の店員がいた。縦ロールで眼鏡をかけた、17歳くらいの年齢の美少女。明らかに特別クラスの生徒たちと同年代であろうことは伺えた。
「……あの、ここが大人の図書館だと伺ったのだが」
「はい! ようこそ、大人の図書館へ!」
「……っ」
話が違う。
「私はこのお店の主人、エロール=キャンベルです」
「……なるほど」
アシュは、全然なるほどじゃない、『なるほど』をつぶやいた。少なくとも彼の描いた大人の図書館ではなかった。店主はもちろん男、最悪でも色々と経験をした熟達した、年齢を重ねた女性だと思っていた。
それが、小娘。絵に描いたような小娘である。
アシュは、あたりを見渡す。『中海文明の解脱』、『ロクトニアーダブルの休日』……本のタイトルからして、目当ての本がないのは明らかだった。
「ふふふ……ここは、精神年齢が高い大人向けの書物を取り揃えてます。気に入ってくださればいいんですが」
「……」
失敗した。事前リサーチに失敗した。普段は有能執事のミラに頼むから、こんなことはあり得ないのだが、『自分で探すことに意義がある』などど、自ら穴場スポットをコソコソと探したのがよくなかった。
『ゲーテ海の夕日』
「……」
「あっ、お目が高い。その作品は、故ロレンソー伯爵が書いた備忘録です」
「……ククク、これが、大人か。絵に描いたような自己満足だな」
アシュは皮肉めいた笑みを浮かべる。
「……えっ?」
「文学性の高い小洒落た本を並べ立てておけば、大人? 君はアレだね。世の中の大人が全員、ブラックコーヒーを飲んでいると信じている類の偏見論者だね」
「……な、なんですと!?」
「大人にだって、色々とあるんだよ。特に社会に疲れた大人は、そんな高尚で難しい書物よりも、もっとライトな小説を好む場合もある。日頃のストレスでむしゃくしゃして、スカッと心地よい勧善懲悪の小説を読みたい時もある。ムラム……コホンっ、何が言いたいかというと、店名を変えた方がいいんじゃないかってことを、僕は全力で君に提案するね」
「ちなみに、どうな本をお探しだったんですか?」
「……文学性のある本がいいね」
「だ、だったらありますけど」
「……っ」
なんて、話の通じない少女なんだと、アシュは思った。
「そういうことじゃないんだ。僕が思ったのは、自分の欲しい本があるとかないとかそういう問題じゃなくて、一般的に君が当てはまた大人という概念に囚われて書物のジャンルを偏らせるのは適当じゃないと言いたいのだ。いいかい、大人をなめてはいけない」
「……はぁ。わかりました。そう言うことですね」
エロールという名の美少女はため息をついて、奥のカーテンを開く。
「ここに、あなた向けの本が並べられています。よくいるんですよ、ここの店名で勘違いして逆ギレするお客様が」
「……ちなみにジャンルは?」
「アダルトコーナーです」
「……心外だな。僕は別にそんな書物を買いに来たわけじゃない。誤解も甚だしいな。ただ、この大人の図書館が、さまざまな大人を想定されて幅広いジャンルを取り揃えていることがわかってすごく満足だよ」
「……ありがとうございます」
エロールはひきつったような、なんとも言えない苦笑いを浮かべる。
「さて……じゃあ僕もお目当ての本を探すか」
アシュは、まず先程エロールに紹介された『ゲーテ海の夕日』を取る。そして、ひとしきりウロウロした後、チラチラとエロールの視線を気にする。
「……」
全てを察した美少女が、視線を逸らして本の整理を始めた瞬間、アシュは目にも止まらぬ早さで奥のカーテンを潜り、『ゲーテ海の夕日』の下に、一つ本を差し込み、気づかれぬようにカーテンから出た。
それから、数冊。いかにも高尚な本を数冊買い込み、ホッとしたような表情を浮かべた。
「「「「「……」」」」」
その光景を、暗殺者たちは見ていた。
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