自由行動


 ダルーダ連合国首都バッダーク。馬車はその中心地に停車した。夕方6時をまわっていたので、夜の闇があたりを包む。そんな中で、煌びやかな魔街灯が、一面に光っていた。


 通行人たちは、当然のように灯りを享受し、昼以上の活気をもって歩いている。露天の店も、呼び込みも、踊り子も、全員が忙しなさそうに動き回っている。


「うっわー! 栄えてますね」


 ダンが目を輝かせながらつぶやく。


 ナルシャ国はアリスト教発祥の地なので、どちらかというと厳かな街並みである。一方で、首都バッダーグは華やかさは大陸でも群を抜いている。


「海路、陸路が多数引かれているので、ここにないものは存在しないと言われているね。ナルシャ国首都ジーゼマクシリアの街並みもまた美しいが、ここの賑やかさも僕は嫌いじゃないね」

「少しお買い物してもいいですか?」


 瞳を輝かせながら尋ねるジスパに、有能執事が素早く答える。


「単独行動は危険でございますので、団体で行動することになりますが」

「いや……まあ、いいんじゃないか?」


 !?


 ミラは、主人の脳天気さに我が耳の機能を疑った。この前から、昼夜ひっきりなしに刺客が来ている状態。さすがに、バラバラで動かれたら有能執事のミラであっても生徒を守ることはできない。


 そんな彼女の思惑など、当然意に介する訳もなく、アシュは中央の時計塔を見ながら生徒たちに笑顔を振りまく。


「ちょうど、僕も寄りたい本屋があったんだ。君たちも、教師の僕にいちいち監視されたくはないだろうし。フェンライ君の邸宅に訪問するのは、明日にしようか」


「「「「「わー!」」」」


 生徒たちが無邪気な歓声をあげる。さすがの馬車暮らしの生活に疲れ果てていたらしい。こんな時に、なぜか鷹揚な大人ぶった対応を発揮する超KY魔法使い。


「どうするおつもりですか? 分散されたら、守れませんが」

「別に守らなくていい。君は少し過保護が過ぎるよ。ミラ、君は僕に仕えている訳だから、僕だけを守っていればいい。君の思考の自由はもちろん尊重するが、そのことで僕の提案や行動が制限されるのは好ましくないな」

「……かしこまりました」

「わかってくれて嬉しいよ」

「はい」


 ーー相変わらず、キチガイ野郎であることが、とミラは心の中で付け足す。


 確かに生徒たちは超一流の魔法使いである。しかし、暗殺などの刺客の対応には慣れてはいない。特に至近距離であれば剣士などが圧倒的に有利だ。唯一対処できるのはシスぐらいだが、彼女も単独では魔法使いに苦戦する。


「……さて、ミラ。僕たちも行こうか」

「はい」


 ミラの心配を楽しむかのように、アシュは無邪気に歩き出す。もちろん、特別クラスの一行とは真逆の方向に。


「アシュ様」

「ん? なんだい?」

「これから行く場所に、私が必要でしょうか?」

「……必要ないと言えば、君はどこへ行こうというのだい?」

「生徒の方々を、守りたいのです」

「ふぅ……相変わらず過保護だな」

「アシュ様は心配ではないのですか?」

「心配だよ。しかし、四六時中監視する訳にもいかないだろう。運命とは、ギャンブルのようなものなのだから」

「……」


 アシュの指摘は、至極真っ当だ。常に自分のそばに置いておくことなど、出来はしない。だが、自分が近くにいる時には、守りたいと思う。それのなにがいけないのかと、人形は思考する。


 しばらく、そんな風に沈黙するミラを見つめながらやがてアシュはため息をつく。


「……まぁ、ミラがいなくても本は買えるから、別についてこなくてもいいよ。後は、君の好きにするといい」

「ありがとうございます」


 深々とお辞儀をして、ミラは疾風のごとく消えた。


「さて……行くか」



 






















 その看板には、『大人の図書館』と書かれていた。





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