異常


            *


 『これであなたはモテ紳士』


 遡ること3時間前。アシュが読破した啓発本である。文化祭の出し物、ボードゲームをどのようにするかの思案中、ふと気分転換に読んでみたものだ(生徒たちは激戦中)。挿絵と吹き出しが中心となった本で、大陸有数の読者家は心の中で馬鹿にしていた、しかし、読んでみると、なかなかどうして、参考になる。


 登場人物は、マイと名乗る美少女だった。


『仕事ができる先輩ってかっこいいー。さりげなくアピールするのが、モテ紳士の第一歩だお―』


 書かれたことを、ほぼ実践してみただけのマニュアル魔法使いである。


            *


 結果として、ダルーダ連合国の刺客たちを退けることになった。倒された彼らは最終的にアシュが地面に発生させた闇に吸い込まれ、跡形もなくなった。

 今後、彼らがどのような目に遭うか知るよしもない生徒たちだったので、刺客がいなくなったところで再び馬車に乗り込み、出発する。


「……」


 誰もが沈黙を貫く中、アシュは再び本を手に取って、この後の展開を復習する。無駄に予習、復習を忘れない超勤勉魔法使いである。


『自分からは有能であることをアピールしないでー。モテ紳士はさりげないのだー』


 紙の上のマイが人差し指を立てて、説明をする。「ふむ……」と意味深なつぶやきをして、さてどうしようかと考える。今まで、自身の功績をひけらかしまくっていた彼にとっては、どうすればいいのかよくわからない。


 自慢することが封じられた今、残る選択肢は彼らが自発的に持ち上げるのを待つしかない。実際、有能だったと思う。華麗に、格好よく、敵を倒していたと思う。自分が自分だったら、もう滅茶苦茶惚れている。尊敬している。


「クク……」


 ただ、待てばいいだけ。アシュは、そう、ほくそ笑んだ。こんな簡単なことを、なぜ今まで実践してこなかったのか。『本に貴賤はない』数多くの教養本から官能小説まであらゆるジャンルを読破してきた彼だったが、自己啓発本なるものは、疎遠だった。どこかで、こんなものは弱者が読むものだと馬鹿にしていたのだろうか。


 また、一つ勉強になったと、心の底から自己反省する闇魔法使い。


              ・・・


 それから、一時間が経過。誰も褒めてこない。それどころか、彼らには会話すらない。なぜ、なぜ、なぜ。アシュの脳内に疑問符がつく。自分たちができないことをサラリとやってのける教師。自慢した風も見せずに、華麗に、紳士的に、サラリとやってのけた。なのに、なぜ誰も駆け寄ってこない。頭をナデナデしにこない。愛の告白してこない。


 そう言えば、ありがとうすら、ない。


「……ぐっ」


 その時点で、突如としてアシュは胸の動悸に襲われる。


 苦しい。言いたい。自分の功績をひけらかしたい。他者の無能を貶めたい。滅茶苦茶に褒められたい。アシュは、そんな禁断症状に隠れて悶絶する。

 この大陸で、彼以上に貢献した人物はいない。彼以上に、財を為した人物もいない。にも関わらず、その性格のヤバさ故に、彼ほど褒めらてこなかった者はいない。


 まったくと言っていいほど、褒められるという体験を味わったことがない彼の承認欲求は、もはや身体に支障をきたすレベルだった。。


「アシュ先生、どうしたんですか?」


 シスが異変に気づき、心配そうに問いかける。アシュは、そんな彼女の優しさに癒やされながらも、『褒めろよ、鈍感娘!』と心の中でつぶやきながら頭をなでる。


「ふっ、大丈夫だよ、なんでもない。さて、諸君。この戦いにおいて、わかったことはなにかな?」


 アシュは生徒たちに問いかける。鈍感な彼らにとっては、聞かれなければ答えないのだろう。まったく、どうしようもない奴らだと、承認欲求MAX教師は全員の成績表にマイナスをつけることを決めた。


 しかし、聞かれれば、さすがに答え――


「私たちの力不足です」

「……っ、な、なるほど。ダン君」


 なにを言っているんだこいつは。頭おかしいんじゃないかと心配になるアシュ。いや、別に力不足じゃないから。優秀だから。それより、目の前にいる偉大な魔法使いが優秀すぎるというその一点につきるだろうが、と心から叫び出しそうになる。


「そうね、悔しけど、私たちの魔法は全然ダメだった。そう言うことですよね?」

「……っ、そんなに自分を責めなくてもいいと思うけどね。他には?」


 脳みそ腐ってるんじゃないか、リリー=シュバルツ。優秀。優秀と言うよりも君は天才だから。しかし、それよりも超優秀で超天才な自分がここにいるだけであると言う事実をなぜ、認めない。言おうとしない。


「アシュ様……先ほどから胸を抑えていますが、大丈夫ですか? 頭だけでなく、身体にも異常を?」

「……っ」



















 


 結局、全然、褒められなかった。


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