汚濁
えらい言われようの大臣たち。状況をハラハラと見守るダリオ王とバルガ。変わらず苦笑いを浮かべるライオールに、唖然とする生徒たち。リンゴのように顔を膨張させるリリー。沈黙とポーカーフェイスを貫くミラ。
もはや、この玉座の間において、ただ一人のキチガイ魔法使いだけがほのぼの、ニコニコしていた。
「……先生はどうしても彼らが死刑じゃないと言い張るんですか?」
リリーがポソリと尋ねる。
「当たり前じゃないか。数は力だ。3分の2の大臣が似たような汚職に手を染めているんだよ? むしろ、逆に彼らが残りの大臣たちを陥れる可能性の方が高いと僕は思っているね」
「……さいってぇ!」
バッサリと汚職大臣たちに向かって吐き捨てる金髪美少女。
しかし、そんなアシュの一言に大臣たちも幾分冷静さを取り戻す。確かに、ほとんどの大臣が同じ穴のムジナだとすれば、政治の機能不全を理由として、うやむやにできるのではないかと。
「最低? 普通だよ」
「普通な訳がないじゃないですか! こんなのどう考えたっておかしいですよ!」
「おかしくはない。では、聞くが。彼らは紛れもなく汚職を犯した汚物だとしよう。というか、実際に汚物だ。しかし、彼らは特別なのかな?」
「そ、それは……」
「答えはNOだ。むしろ、普通の国民たちより能力は高いよ。比べてみるといい。同じ年代の人々の平均値と比べて、彼らの魔法力、知識、教養、見識のレベルは高いはずだよ。だったら、なぜ君たちはそのように感じるか?」
「……」
「人というものは本質的に汚濁を好むのさ。だから、歳を経ることによって汚物と化す。経験を積むことによって、逃れられぬ現実によってどす黒くなっていくのさ。自然現象だよ」
「……だからって。清廉潔白な人だっています」
「清廉潔白な人はいるかもしれないが、清廉潔白なままで何かを成し遂げた者を僕は知らない」
「……っ」
「そこにいるライオールだって、同じだよ。なにかを為すために、汚濁を浴び続けた経験だってあるだろう。それでも、成し遂げたことが多いからこそ、この地位にいると思うがね。そうだろう、ライオール?」
闇魔法使いは漆黒の瞳で白髪の老人を見つめる。
「否定はしませんよ。明言は控えますが、彼らのような汚職に手を染めていないとは言いません」
「ほらね。この老人が優秀なのは自身の汚濁を他人には決して知られないところだよ。要するに、上手くやったということさ」
その発言に、汚濁大臣はみな一様に頷く。ライオール=セルゲイほどの者でさえ、自身の醜さを公言したのだ。自分たちなどがそうであっても仕方がないと言い聞かせながら。
「でも、でも! ライオール先生は違います。ライオール先生は自身の幸せのためじゃなく、他人のために――」
「幸福のベクトルが違うだけさ。誰もが自身の幸福のために行動する。たとえ自己犠牲であってすらも、自分が心地よいから行っているに過ぎない。彼らは国民でなく、自分たちの保身や家族や趣味などの時間が大切なだけだろう。そして、それは他の国民たちと同じだよ」
「……」
「結局は、民主国家は、民度に比例する訳だよ。怠惰な国民が多いと、怠惰な政治家が多くなる。汚濁を好む国民性であれば、必然的にそうである政治家が育つのさ。簡単な確率の問題なのに、人は自分だけが違うと思いたがる。そう思うことこそが、そうである証拠であるのに」
「……」
言い終わった後で。
闇魔法使いは金髪美少女の側に近づいて囁く。
「いい加減に、政治家などに高潔さを求めたり、責任を転嫁したり、期待をするのはやめておきなさい。彼らが自分たちのためにしてくれることなんて、所詮は彼らの得になることだけなのだから。仮に彼らに責任を問うて、汚職政治家たちをを一掃したとしても、別の汚職政治家たちが出てくるだけだ。僕なら、そんな時間の無駄は御免だね」
そう言って。
アシュは、彼らの側へと駆け寄って笑う。
「どうぞ、これまで通りでいるといい。これまで通り国民を騙し、自尊心を騙し、自分すらも欺し、高潔な政治家を演じ続けたまえ。君たちがそうであり続ける限り、僕は君たちを応援し続けるよ。君たちが弱き者たちを虐げ続けることで、僕のような強者には、決して逆らわないだろうから」
大臣たちは、誰も彼に目を合わさなかった。
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