ほのぼの


          *


 翌日の早朝、すでにアシュは起きていて黙って部屋のボードゲームを見つめていた。文化祭。文化祭でボードゲーム。みんなでワイワイ。


「ク、ククク……」

「……」


 その陰を含んだ笑みは、側に控える有能執事以外には、陰謀の企みにしか見えないだろう。


「アシュ様、朝食が準備されております」

「わかった、行こう」

「……」


 いつもなら、クソつまらない、心の中が空虚になるほどの寒いブラックジョークを繰り出すのだが、今日はご機嫌にステップを入れながら歩く。まさしく、ルンルン気分とはこのことである。


 しかし、運動神経が悪すぎて死の舞踏にしか見えない。


 ホテルのバイキング会場に到着すると、そこにはすでにリリーがいた。なんでも、一番。一番大好き、リリー=シュバルツである。


「おはよう」

「お、おはようございます」

「……」


 最初の爽やかな挨拶に、ついつられて普通の挨拶を返す金髪美少女。いつもならば、『君は朝食でさえその強欲を表に出すのだな』『な、な、な、なーんですってー!』と人目はばからない口論が始まるというのに。


「ギュスター共和国はギュランという魔獣の燻製が国民食なんだ。これが、おすすめだよ」

「……うーん。なんか、これって食感グニュグニュしてません?」

「まあ、ナルシャ国はハッキリした食感が好まれるからな。しかし、食生活でさえギュスター共和国の国民性が表れていることは頭に入れておいた方がいい。燻製で連想するのは?」

「……長期保存」

「そう。長年他国の脅威にさらされていたこの国は戦時中に対しての意識が高い。だから、何日も外に出ないでも飢えることなく暮らすことのできる燻製を食べるようになったというわけさ」

「……なるほど」

「そう言う国民のいるところは、戦が強い。戦争が長期化すると、まずは国民がそのツケを感じるようになる。不満に思うようになる。そうなると、戦をやめろという突き上げを軍部が喰らう。敵よりも味方の方が厄介になる場合がある」

「……」

「なにが言いたいかわかるかい?」

「ギュスター連合国との戦はしない方がいいってことですか?」

「ご名答。だが、もう一つ。戦をすると言うことは、大きく人の生活を変えてしまうと言うこと。国民の味覚すら変えてしまうほどに」

「……」

「だから、戦などはあまりやらない方がいい」

「……」


 アシュの言葉に、リリーは真剣に耳を傾けていた。

 一方、つい先ほどまで、大陸大戦を引き起こそうとしていた奴が、なにを言っているのか、何から何まで意味のわからない、ミラ。














 こいつの脳みそは腐っていると、有能執事は確信した。


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