新しい


「……」

「……」


      ・・・


 少しの間、沈黙が続く。が、片腕はアシュ自身が作成した見覚えのある義手。当然、誰であるかは明々白々であった。

 そして、両手の主であるライオールは、すごすごと水晶玉に顔を見せる。


「……どうも、ライオールです」

「ふむ。呆れたね。こんな姑息な手を使うとは、人間の風上にも、無論風下にも端にも隅にも、もちろん真ん中にも置けぬ男だ」

「……」


 それ、お前のことだろう、とミラは隣で思った。


「はい、申し訳ありません」

「あ、あなたがライオール先生を無視するからでしょう?」

「無視? 『忙しい』と理由を言って断ったじゃないか。正々堂々と。公明正大と。正式に。端的に。むしろ、その誠意に感謝して欲しいものだね。なのに、それを逆恨みして、女性に代弁させようなんて、なんて卑怯な男なんだ。いや、卑怯という言葉すら、生ぬるい。卑屈。卑怯。合わせて、卑屈卑怯だな君たちは」

「ぐっ……」


 エステリーゼは、後悔した。自分の浅はかな行動が、この最低魔法使いを怒らせてしまったと。そして、案の上、目の前の最低魔法使いは、その最低ぶりを遺憾なく発揮してくる。総じて、最低。


「いや、本当に申し訳ありません」

「謝罪は物事の解決になるのかな? 謝罪すればいいってものかな。どれだけ謝罪されても、一度壊された心は元通りにならない。まさか、熱烈なプロポーズの言葉が隣の男に言わされていたなんて、僕はショックだよ。非常に傷ついたよ」

「なっ……プ、プロッ――」

「……エステリーゼ先生。落ち着いてください」

「……」


 白髪の老人は、エキゾチック美女に耳打ちする。あれだけの言葉が、すでにプロポーズの言葉にまで昇華しているなんて。大した想像力だと、ライオールはある意味関心した。

 一方で、有能執事はモテなすぎて、頭がまたおかしくなったんだと思う。


「……それに、今そこはどこかね?」

「ダリオ王の部屋にいます」

「二人っきりかい?」

「え、ええ。先ほどまでは、もう2人いましたが、今は2人ですね」

「なんという……破廉恥な。理事長という立場を利用して、一介の女性教師と二人っきりになどと。そんな羨ま……恥ずかしくはないのかな?」

「……」


 お前、今『羨ましい』って言おうとしたじゃん、とミラは隣で恥ずかしく思う。


「いえ。どうか、誤解されぬよう。なりゆきですので」

「なりゆき? 僕は本で見たことがあるよ。上司と部下。二人っきりの部屋で密会。許されぬ関係で逆に燃え上がる2人。イチャイチャ、ラブラブと燃え上がり、燃え尽くした後、恋人である僕に連絡して、僕に隠れて2人でイチャイチャ、ラブラブを楽しむ気だろう? まったく……屈辱だ。これまで体験したことがない、新しい感情だよ。むしろ、新しすぎて、興奮を覚えるよ」

「……」


















 お前、官能小説の読み過ぎだよ、とミラは死にたくなった。


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