恥
「アシュ様、恐れながら官能小説の読み過ぎかと」
「……っ」
やめて。ミラ、やめてとライオールは心の中で叫んだ。言わずもがな、この場にいる全員が思ったことだが、それは成人男性の闇の闇の部分だから。恥ずかしいところだから。恥部だから。
一方、絶世の美女に指摘を受けたアシュは、しばらく考えながら答えた。
「……まあ、読み過ぎというか、熟読家であるとは言えるよね。僕は大陸で一番の読書家と呼び声高いからね。そうすると、必然的に幅も拡がるというか。ぜひ知ってもらいたいことは、僕の信条は『書籍には貴賤がない』ということ。どんな書物であっても、学ぶべきところはたくさんある。僕はそう思っているんだ。いや、そう思うとか思わないとかじゃなく真理だよね。そう思わないかい?」
「……っ」
弾幕。アシュは言い訳の弾幕を張り巡らした。揺るぎない表情で、漆黒の瞳で、全力で恥ずかしがっている様子が見て取れる。必死。自身のプライドをどう保とうかと必死に考えて構築しようとしているのがバレバレなエロキチガイ官能小説熟読家である。
「もちろん、そう思います」
ライオールは、笑顔で頷く。こんな所でアシュを刺激したくはない。むしろ、この議論自体が本筋から外れまくっている。そももそ、本筋から外れまくっている案件なのに、なぜか大陸大戦に発展するほどの事件になってしまったことは、ひとまずおいておいて。
「だいたい、僕調べによると成人男性の99%は官能小説の熟読家である訳だよ。そこにいる、ライオール=セルゲイ君も聖人君子みたいな顔をしているが、実際にはそうだと思うよ。そうだろう?」
「……っ」
巻き込んできた。エステリーゼとミラがいる前で、自身の官能小説歴を披露しろというキチガイ魔法使い。もちろん、ライオールも人並みに羞恥心は持ち合わせている。すでに、100歳も超えているのに、夜な夜な官能小説に読みふけっているなどと思われたくないし、そもそも読んでいない。
「あの……私は特に読んではいないです。い、いやあの読んでいるアシュ先生を批判するわけではないんですが、私はすでに100歳を超えていますし。あっ、アシュ先生も200歳を超えていますが、私と違って肉体は若々しいので、別にいいと思います。むしろ健全かと思います」
アシュを気遣うが故に、言い訳がましくなってしまった。アタフタしてしまった。ライオールは百戦錬磨の論客家であるが、こんな議論は未知の体験だった。
「……本当に?」
「はい」
「契約魔法に誓えるかい?」
「……っ」
白髪の老人は、愕然とした。契約魔法案件!? 正気かこの男は。そもそも、契約魔法というのは、生涯結べる回数が限られている。無限に行える行為ではなく、人の魔力量によって回数は限られているが、どんなに多くても30回は超えない。無論、アシュもライオールも、その限りではない。
その契約魔法を使用しなくてはいけないのか。
いや。そんなはずはない。いかに、アシュとはいえ、自身でも回数が限られている契約魔法をこんなアホらしい案件に使うはずはない。ハッタリだ。
絶対に……
アシュ……であっても……
いや、この男は使う。絶対にこんなアホらしい案件で契約魔法を。
あらためて、ライオールは恐怖した。なにを考えているかわからない人格。破綻しまくったその性格に恐怖した。
「……申し訳ありません。嘘をつきました。私もアシュ先生と同様、官能小説の熟読家です」
泣く泣くライオールは偽証を強いられ、アシュは鬼の首を取ったかのように喜んだ。
「ク……ククク。ほれ見たことか。聖人君子と謳われたライオールでさえ、日課を官能小説の熟読で過ごしていると言っているのだ。だから、ミラ。そんな目で見られたら、甚だ心外だよ」
「ご安心くださいませ。いつもと同じ目でアシュ様を見ております」
とミラは答えた。
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