誘惑


         *


 一方、アシュは困惑していた。ダリオ王が、全然、ボードゲームに食いついてこない。これだけ、キチンと整列しているのに。これだけ、わかりやすく陳列しているのに。


「ミラ、彼の趣味は本当にボードゲームなのかい?」

「はい」

「ふむ……」


 有能執事の情報に間違いは少ない。が、趣味というものの定義は実に広い。熱量と解釈によっては、自分が認識している趣味とは異なる場合がある。


「君は人形だからわからないのかもしれないが、『趣味』にもいろいろあるよ? 彼のボードゲームに対しての熱量を知りたいね。彼はボードゲームが好きなのかい?」

「はい」

「どのくらい、好きなんだ? 僕はジャガイモのことを好きと言うが、特に毎日の献立に入れなくても平気だ。頻度と理由を知りたいな」

「空いた時間があれば、ボードゲームをやるそうです。チェスだと、どうしても戦略的思考に入ってしまって息抜きができないということです」

「なるほど、それは僕と同じだね」

「いえ」

「ん? なにか違ったかな?」

「ボードゲームが好きだからって、他国の王を生徒に誘拐させてボードゲームをさせようなどとは考えつきもしないと思います」

「いや、それほどでも」

「……」


 ほめてねーよ、と有能執事は心の中でツッコむ。


「しかし、君の好き嫌いの感情には振れ幅があるね。それが、僕の好き嫌いとマッチしていればいいのだが」

「私が確実にわかっていることとしては、私はアシュ様のことが大陸一嫌いであることです」

「ああ、なるほど。君の好き嫌いの感情はアテにならないと言うことだね」

「……」


 一刻も早く死滅しろ、とミラは心の底から願った。


 そんな中、水晶玉が再び光り、ミラがそれを覗き込んだ。


「アシュ様、通信が入ってます」

「なんだね? ライオールだったら、今いないって言っておいてくれ」

「いえ、エステリーゼ様からです。至急お話がしたいとのことです」

「ふむ……つなげてくれ」

「……全然かしこまりたくないですが、かしこまりました」


 有能執事は魔法を唱えて、エステリーゼの顔を映し出す。


「やあ。水晶玉越しに見ても、君の美貌は衰えることを知らないね」

『は……ははははつ。あ、ありがとうございます』

「……」


 殺したいんだろうなーと、ミラは心の中で同意する。


「せっかくなのだが、今は取り込み中でね。君との語らいは、また今度にしたいのだが、可能かな? もちろん、最高級レストランの一室は押さえさせてもらうよ」

「……今すぐ、会いたいの」

「……」


 なるほど、色仕掛けで来たかとミラは感心した。


「……ちょっと、失礼」


 そう言ってアシュは、ミラに『この近くにバーがあったかな?』と耳打ちする。『不本意ですが、助言させて頂きます。古典的なハニートラップかと』と耳打ちし返すと、『嫉妬か』とつぶやかれ、『もうなにも言うことがございません』となった。


 それから、数分ほどグルグルと歩き回って、ベッドにダイブして、足をバタバタさせて、アシュは考えた。最近の彼にしては、これ以上ないくらい、考えた。


「わかったよ、エステリーゼ君。君の情熱に負けたよ、今すぐ会おう」

『本当ですか!? わかりました。今すぐに行きます。どこにいますか?』

「どこだと思う?」

『こ、殺すぞこのアホ魔法――むぐううううう』


 激高しかけたエステリーゼの口を慌てて別の人の両手が塞いだ。


「……そこに、誰かいるのかい?」


 圧倒的不快感を与えたおかげで、アシュはハニートラップを破った。

 

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