ナルシー(2)


 この時、ナルシーには二つの思考があった。一つは、この苦境をどうやって切り抜けるか。もう一つは、あえてこの場で負けを選び、どう道化を演じきるか。

 最終的な目的はダリオ王の誘拐。リリーが敢えて危険な役を買って出たように、自分も駒の一つとなるのも立派な選択肢であると彼女は考える。とすれば――


<<冥府の死人よ 生者の魂を 喰らえ>>ーー死者の舞踏ゼノ・ダンス


 死体を生きていたかのように動かす闇魔法。十数体ほどの死兵が、次々と闇から発現する。さすがにアシュのように数百体単位は無理だが、彼女自身の能力でもこれだけの死兵は扱える。


「魔法戦士隊。行け」


 当然、バルガも黙ってはいない。別の予備隊をナルシーへと向かわせる。死兵などに負けるような鍛え方はしていない。同数ほど戦力ならば、確実に自身の魔法戦士隊が勝つのが道理である。


 ――と言うのが、バルガの分析だった。


 しかし、その目算は大きく外れることになる。ナルシーが準備していた死兵は、アシュとの共同研究において創り出された死兵である。闇魔法使いにおける死霊使いネクロマンサーという分野の第一人者は死者の王ハイ・キングと謳われたゼノス。その系譜を継いだアシュの純然たる後継が彼女だとすれば、その死兵の実力は並の死霊使いネクロマンサーのそれではない。


 元々、アシュは自身の護衛に死兵を使用していた。最強執事のミラが戦闘に立つことになり、お役は御免となったが、不測の事態に備えて強力な死兵製作の研究は怠らなかった。


 そんなアシュの研究結果を、幸運にもナルシーは引き継ぐことができた。


 元弟子のデルタが開発した魔薬もそれに大きく貢献した。彼の遺物は魔力・筋力・反射神経の速度すらも上げる効果を持つ。アシュはそんな彼を『潔癖なる麒麟児』と評し、躊躇なく、彼がもっとも忌み嫌った闇魔法への応用を考案する。


 死体には痛覚がない。よって、常人の量よりも数百倍のそれを打つことができる。アシュは惜しみなく彼女に、その魔薬の製造方法を教え、元々保有した自身の死兵を分け与えた。


 ここにいるのは、かつてアシュが創った渾身の傑作を遙かに越える死兵。


「……なぜだ。なぜ、死兵などに我が部隊が後れを取るのだ」


 バルガは思わずつぶやいた。対峙させているのは、紛れもなく自身最強の部隊である。一から手塩に育て上げ、何年も厳しい修練を積んだ屈強な肉体をもった魔法戦士隊。そんな彼らとなんの修練も積んでいない死兵が同等などと。


 軍略家は想定しうる戦力仮定する能力こそが重要である。相手を大きく見積もっても、低く見積もってもいけない。バルガは当然、その能力にも秀でており、実際にリリー、シス、ミラなどはその想定しうる能力の範疇に収まっている。


 ただ、ナルシーだけは違った。


 情報がない状況で、アシュ並の闇魔法使いを想像できなかった。万能の魔法使いが求められている昨今、純然たる闇魔法使いが活躍できる場は少ない。元々希少であるが故に、想定の数十倍以上の戦力を見せてくる闇魔法使いの存在など。


 リリーは反発することでその実力を大きく伸ばしたが、ナルシーはアシュを吸収することでその実力を飛躍的に向上させた。そのイズムを継承するという点においては、『実質的な後継者は紛れもなく彼女である』と最強魔法使いは認めるだろう。


「さて……頼んだわよ、ミランダ」


 黒髪美少女は、ニッコリと微笑みを見せた。

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