誘拐


 突然の『乗り込みます』宣言。ミラの手渡したリストを見るや否や、漆黒の瞳のギラつきが半端じゃない。


「刺客の主犯は、ギュスター共和国のバルガ=グンゼだ」

「なっ……なんで!?」


 その言葉に、ミランダが思わずつぶやく。そもそも、アシュが推薦状を送ってくれた張本人である。

 目的の一つは、そんな彼の下に挨拶をして、よりよい印象を残すことだった。


「ククク……甘いな」

「えっ」

「まさか、君たちは推薦状を送ったからと言って、諸手をあげて歓迎してくれるとでも思ったのかね?」

「……っ」


 思っていた。と言うより、推薦状というものはそういうものじゃないのか。一般的な試験を無条件で通過できるフリーパス券ではないのか。


「僕ほどじゃないにしても、紹介しているのはそれなりの人物だよ? もちろん、国内だけに止まらず、他国からも注目されていている。彼の側近ともなれば、即派閥のメインストリームに乗れるわけだよ。そんな彼が、自らの腹心を推薦状だけで決めるモとでも? 浅はか過ぎて、紹介した僕が恥ずかしいね」

「……っ」

「僕の推薦状でそうなのだから、彼らはライオールの推薦状ですら鼻で笑って破り捨てるだろうな。彼らは基本的には自分の目でしか信用しない」

「……」


 アシュは歪んだ微笑むを向ける。そんな、息を吐くように嘘をつくキチガイ野郎をジッと見つめながら、ミラは軽蔑の念を送り続ける。

 だいたい、ライオールの推薦状だったら各国諸手をあげて欲しがるだろうに。


「まったく……軍事に明るいバルガ君らしい試験だ。『突然、襲撃に遭った時にどう反応するか』。これが、彼の与えた課題だよ。そして……もし。君たちが馬車の外を見ていたとしたらどうなっていたと思う?」

「……くっ」

「狼狽し、怯えて、騒ぎたて醜態を晒しただろうね。当然だが、一発で失格だ。その時点で彼らが君たちに興味を示すことはないだろう」

「……」


 生徒たちは全員肩を落とした。


「ふっ……しかし、僕も君たちと長く過ごすうちに甘くなってしまったようだ。敢えて君たちに襲撃を知らせず、予習させてしまうなんてね」

「「「「……」」」」


 生徒全員は、ハッとした。執拗なまでに馬車の外を見せないようにしていたのは、自分たちを隠すため。異常なまでに大声を出してルーレットを回させようとしていたのは、自分たちが動揺するのを防ごうとした……この不器用な闇魔法使いの……愛情。


「ミランダ君、彼に君を推薦した理由がわかるかね?」

「い、いえ……」

「君には、柔軟な思考力と優れた調整能力がある。それは、バルガ君のような堅物には得がたい存在だ。なぜなら、彼は強者であるが故にそういった思考の者が集まりやすい」

「……」

「だが、彼の懐に入ろうと思うと命懸けだ。当然、自分で自分を守れることを証明しなくてはいけない。不本意ではあるが、戦いは避けられない……僕がなにが言いたいか、わかるね?」

「……はい。主城に乗り込んで、自分の実力を証明しろってことですよね」

「ご名答」


 闇魔法使いはニヤリと笑った。そして、有能執事に指示をして、主城の見取り図と警備の配置などを床に大きく広げさせる。


「ミランダ君、作戦を考えてみなさい」

「わ、私がですか!?」

「当たり前だ。これは、君を試すための試験だよ。そうだな……彼が最も敬愛するダリオ王の誘拐。堅物の彼を黙らせるのは、これぐらいが最低限のミッションだろう」

「……わかりました。みんな、お願い! 力を貸して」


 ミランダは決意の表情を浮かべて、他の生徒全員は大きく頷く。


 こうして、ナルシャ国の生徒たちによるダリオ王襲撃計画が幕を開けた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る