多忙


          *


 王の諮問機関である元老院は、『王の助言者』と評されている。国家政策の多くがこの機関で決定され、ナルシャ国において絶大な権力を持つ。その主城であるサロレインカルロ城に設置された広大な議場の中、白髪の老人が大きくため息をついた。


「大丈夫ですか、ライオール議長?」


 エステリーゼが心配そうに様子を伺う。秘書である彼女は、多忙を極める彼の体調が心配でしょうがない。ここ最近は、分単位でのスケジュール調整を余儀なくされ、移動時間と睡眠時間を削らざるを得ない状況である。


 そんな中、キチガイ魔法使いから呼び出され、『文化祭云々』をのたまわれた時は、極大魔法をぶっ放そうと思った。


「……ああ。申し訳ないね。昔は、どれだけ働いたとしても疲労なんてなかったのに。私も歳かな」

「そんなの当然じゃないですか」


 ナルシャ国の全権を取り仕切る元老院議長。先日国別魔法対抗戦を制し、大陸一の魔法学校となったホグナー魔法学校の理事長業務。そして、30年前から務めている大陸魔法協会の首長。いかにライオールが有能だと言えど、これほどの激務を難なくこなせるはずがない。


「ははっ……多少無理はしないとね。ナルシャ国の存亡は今が分岐点だと言っていい。未来の生徒たちのためにも、ここが踏ん張り時だからね」


 そう言って立ち上がり、足早に議場を後にする。

 今や、ナルシャ国は大陸の火薬庫と言っても過言ではない。アシュ=ダールという劇薬を抱えた今、他国をイタズラに刺激でもすれば、それこそ大陸全土を巻き込む大戦を起こしかねないほどの危険を孕んでいる。


 特に、隣国のギュスター共和国とは、決してことを構えてはいけない。


 そんなことを考えながら、昔の教え子であるバルガに手紙を書く。彼には、ナルシャ国と温厚な関係を築く架け橋となってもらわなくてはいけない。互いが互いを食い合えば大国の贄となるだけだ。そんな事態はなんとしても避けなければいけない。


「でも……意外です」

「ん? なにがかな」

「ライオール様は、一つの国にこだわる方ではないと思っていました」


 教え子である彼女は、ライオールほどの偉大な人物が、こんな小国の元老院議長に就任するなど思ってもいなかった。大陸における彼の貢献度は、国家という枠組みを大きく超越している。完全に、ナルシャ国の英雄であることは間違いない。


 しかし、このような田舎の小国に、彼ほどの人物を受け入れるほどの器量を持ち合わせることはなかった。60年前に凱旋帰国した彼を待ち受けていたのは、自らの権利を守ろうとする田舎政治家たちからの迫害であり、彼に与えられたものは小さな学校一つだった。


 そんな境遇に置かれているにも関わらず、ライオールはその小さな学校を大陸一の魔法学校へと変貌させた。それは、彼が間違いなく大陸最高峰の魔法使いの証明でもあるが、同時に彼がナルシャ国という田舎国家への愛国心の表れでもあった。


 もし、彼がこの国を捨てて、国家という枠組みに囚われない仕事のみをし続けたとすれば、どれだけの功績を大陸に残したのかは、計り知ることができない。

 ホグナー魔法学校で育った彼女は、それを誇りに思うと同時に、国家という枠組みに縛られ続ける彼を不満にも思う。


「……フフッ。エステリーゼ先生は私を買いかぶっているよ」

「えっ?」

「君と同じように青春時代があり、人並みに恋もして、失恋もした。この国にはそんな想い出がたくさん埋まっている」

「……」

「国家というものが滅びれば、すべてがなくなってしまう訳ではないけれど、それが、なくなってしまうのが哀しい。誰もが感じる平凡な感情を、私も持ち合わせているに過ぎない。ただ、それだけだよ」


 白髪の老人はそう言いながら笑った。


「結局、私はアシュ先生のような生き方はできないのだよ。あの方のような生き方は……凄く自由だが……とても寂しいものだからね」

「……はい」


 なにかに縛られるということは、なにかと繋がっていると言うこと。何者にも縛られないということは、誰とも結びついていないということ。この二つは決して同居することはない。ほとんどの人が後者に憧れ、前者を選ぶ。


 自由であることが、寂しいことであると気づく。


「フフフ……それで、噂のあの方はどうしているのかな?」

「あー……っと、教え子のインターンとかで、いろいろな国を巡るって言ってました。一時間ほど、『自分がどれだけいい教師か』をこれでもかと言うほど熱弁されましたよ」

「……え」


 ライオールは思わず立ち止まった。

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