ボードゲーム(2)
盛り上がる馬車内から有能執事はコッソリと抜け出した。
「ロイド、援護なさい」
「はい」
<<光陣よ あらゆる邪気から 清浄なる者を守れ>>ーー
仮面をつけた御者は、移動式の魔法陣を張り巡らせる。当然、馬車の速度と共にそれをするのは、相当な技術がいる。彼は、それを難なくこなすことのできる非常に優秀な人形である。
<<火の存在を 敵に 示せ>>ーー
<<水の存在を 敵に 示せ>>ーー
<<木の存在を 敵に 示せ>>ーー
<<光の存在を 敵に 示せ>>ーー
そして、その魔法陣は周囲は放たれた魔法の矢をことごとく打ち消した。魔法戦士は扱う魔法自体が高度ではない。魔法壁の高位である魔法陣を使用すればそれを無効化することなどは可能だろう。
しかし、同時に複数の者たちが突如として出現し馬車に向かって斬撃を繰り出す。
四方――いや、八方。
ミラは、軽やかに宙を舞い、高速の拳と蹴りを彼らに見舞う。まるで、踊り子の演舞を見ているかのように華麗だった。
しかし、彼女が馬車へ着地する瞬間に、高速の抜刀術が彼女を襲う。馬車ごと両断されるほどの威力を、有能執事は柳のように受け流す。
「相変わらずの神業だな」
「お褒め頂き光栄でございます」
ある意味で手慣れたやり取りをする敵同士。バルガとは十年以上も戦闘の火花を散らしたことがあり、下手な知り合いよりも互いのことを熟知している。
「このまま退いてくだされば助かるのですが」
「それは、こちらの台詞だ。わざわざ、このギュスター共和国に足を踏み入れる理由は? いったい、なにを企んでいる」
「……」
恥ずかしい。『道中のボードゲームを楽しむために来ました』と言うには、あまりにも相手のテンションが異なっていた。
いや、仮に言ったところで信用はされないだろう。激高されて、『愚弄しているのか』と叫ばれるのがオチだ。
「……不本意ながら、主人の不利益を被ることは言えません」
「まあ、言わずともわかるがな。闇の支配力の拡大だろう?」
「……」
瞬間、全身から蟻が這い上がっていくような悪寒が彼女を襲う。バルガは真面目で誠実な人間である。アシュが教え子を各地に派遣するとすれば、そう邪推するのも無理はない。『日頃の行いが災いを招く』とはまさしくこのことだった。
「私も今の聖信主義者たちには思うところがある。しかし、アシュ=ダールの闇はあまりにも強すぎる。そんな奴の思うとおりにさせることは断じてできないな」
「……お願いですから、退いてはくれませんか? 可能であれば、こんな戦いであなたを殺したくはありません」
「私はこの国のために命を捨てている。とうに、覚悟などできているさ。闇に染まったこの国を見るくらいなら、我が身を懸けて戦いに身を殉じよう」
「……」
そんな真っ直ぐな瞳で。
そんなに自信満々に。
そんなに意気揚々と。
こっち、見ないで――とミラは心の底から思った。
そして、そんな中。
「ククク……今頃気づいても、もう遅いんじゃないのかい? チェックメイトかな」
馬車の中から不敵な笑い声が聞こえた。
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