嫌がらせ
*
バルガの脳裏には高速で戦略が駆け巡っている。ギュスター共和国に亡命してからというもの、連戦連勝。自らの戦闘の能力だけではなく、指揮官としても軍師としても非凡なこの男は、ライオール=セルゲイをして『麒麟児』と言わしめたほどの才器である。
アシュ=ダール侵攻の報を聞き、ずっと考え続けていた。戦争というものは、決戦のみで決まるものではない。そこに行き着くまでの段取りが非常に重要なのである。寡兵で多数の兵を破ることは、あくまで奇策として用いられるべきで、常にそのような状態であるとすれば国家存亡の危機である。
「ククク……聡明な君は薄々気がついているのだろう? もう、すでに遅きに失した状態であると言うことが」
「……っ」
バルガが常に危惧していた可能性をズバリ言い当てた。つまり、闇魔法使いは、すべての準備を終えた上で、この進軍を開始したとすれば。すでに、止められないほどの勢力を制圧したとすれば。
そして、その懸念すら言い当てるほどの狡猾な知略を保有しているとすれば。
「バカな……まだ、まだ遅くはない!」
「すでに、僕はこの盤面の半分を手中に納めた」
「なっ……」
愕然とした。人・財・土地。勢力を拡大するには、主に三つを抑えなければならない。バルガの読みでは、もう3年ほどかかると思っていた。
いかにアシュが闇を掌握し、圧倒的な財を保有していると言えど、大陸の主流はあくまで光である。先日の会合で認識し合ったように、『アシュ=ダール敵対』の共通認識さえ持てば、必ず抑えられると思っていた。
しかし、自分の読みを更に越えてくるほどの速度だと、闇魔法使いは豪語した。ここで敢えてそれを宣言することのメリットはない。仮にハッタリだとすれば、それは相手を警戒させるだけに過ぎないのだから。
「……退いてください。本当に、この戦いは不毛です」
「くっ……」
有能執事の淡々とした言葉に、バルガの心が揺らぎ始める。ここでの戦闘は無意味であると言うことが、彼の脳内に重々しく響く。
確かに、ここの戦いはあくまで局地戦だ。アシュの言うとおり、戦局を『盤面』と仮定すれば、ここでいくら勝利したと言えど、他で駒をとりさえすれば、ギュスター連合国の敗北は確定すると言うこと。
そして、その可能性が著しく高いことを、バルガは痛感せざるを得なかった。
「どうやら、このゲームは僕の勝ちのようだね」
「ゲーム……だとっ! お前は、この戦いをゲームと呼ぶのか!?」
バルガは激高して叫ぶ。
「気づかないのかい? 誘い出されたのは君の方だって。現に、こうして罠を潜ませているのさ。このようにね」
「……っ」
アシュがそういった瞬間。
草むらから馬に乗ったリリーとシスが現れた。
「ハメられたのは、こっちということか?」
「……神のふざけた嫌がらせ、とだけ申しておきましょう」
歯を食いしばるバルガに、ミラが淡々と答えた。
*
その頃の馬車内。
「ククク……声も出ないのかね? 圧倒的な勝利者を目の前にして」
「「「「……」」」」
嬉々として、全員のプレイヤーから偽のお金を回収するアシュを見ながら。
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