ボードゲーム


 馬車が走り始め、3時間が経過。ひとしきり興奮していた生徒たちも、徐々に落ち着いていく。


「……」


 これも、計画通りであると闇魔法使いはほくそ笑む。得てして旅というものは、ずっと興奮状態が続くわけではない。新鮮だった景色もやがて慣れてくる。景色はしょせんは景色であって、若者たちにとってはそれだけではもの足らないだろう。


「き、き、君たち。旅は道中長いのだからぼ、ボードゲームでもやろうか?」


 思わず声が上ずって震える。これが、最初の一歩にして最後の一歩。ここで、生徒たちに渋い顔をされれば、もはやどうしていいのかがわからない。ボードゲームは強制的にやるものではない。あくまで自発的に楽しむものであると言うのが、ボードゲームマニアである彼のこだわりである。


「あっ、そうですねー。やりましょうかー」

「……っ」


 ミランダの賛成に、アシュは思わず胸を押さえた。心臓の鼓動が高鳴り、周囲に聞こえてしまわないかを心配する。そして、どうやら誘導は大成功だったと感じる。

 しかし、油断してはいけない。ここからが本番だ――いや、ここからが本ボードゲームだ。


 準備したボードゲームは『ハンガリーの憂鬱』。以前、デルサホ地方で買って、披露して、リリーの逆鱗に触れてぶち壊されたボードゲームである(復刻版)。タラリー王家の貴族が、社交カードとお金を駆使してどれだけ多くの貴族を味方につけるかを競うという、わかるようで、よくわからないルール。


 アシュは着々と机毎にボードゲーム用のお札を配っていく。


「さて、みんなルールブックは読んだかね? 一見難しいルールではあるが、複雑なものであるほどハマれば楽しいものだ。ぜひともみんなには、このボードゲームを通して人生を学んで欲しいものだね――おっと、これでは授業になってしまうかな」


 ドッ。


 闇魔法使いの小粋なおちゃらけに周囲が沸き立つ。特に面白くもなんともないが、今の彼は好感度マックス教師である。もはや、無敵状態でなにを言ったとしても好意的に受け入れられる状態である。


 絶好調。

 

 教師生活若干1年を経過し、これ以上ないくらいの絶好調状態だった。


 しかし、そんな中ミラがアシュに耳打ちをする。


「なんだい? 今は大陸一重要な場面なのだがね?」

「申し訳ありません。しかし、囲まれております」

「……」


 こちらが想定しているよりも遙かに動きが早い。もちろん、事前に刺客に襲われるであろうスポットを予測していたが、予期せぬ場面で予期せぬタイミング。

 当然、あちらの戦力もこちらが想定していないほど強力なのだろう。


「さすがはバルガ君というところか……どれくらい持たせられる?」

「……15分というところでしょうか」

「……っ」


 短っ――と闇魔法使いは思った。


 15分と言えば、序盤の序盤。一番楽しいところで中断させられるのは、辛い。本当に、辛い。


「足りないよ。2時間……いや、1時間は延ばせないのかい?」

「相手は百戦錬磨の猛者ですので、一筋縄ではいきません。策謀を駆使してようやく30分というところでしょうか」

「……リリー君とシス君は?」

「まだ、こちらに追いついてきてはいません」

「使えぬ番犬だ」


 苦々しげに闇魔法使いは舌打ちをする。


「とにかく、僕もいろいろと考えて見るから、可能な限り引き延ばしてくれ」

「かしこまりました」


 有能執事はそう答えて、馬車の外へと消えていった。


「どうかしたんですか?」


 心配そうに生徒たちがアシュとミラのやり取りを見守っていた。声は潜めていたが、それが逆に不安だったのだろう。


 可能な限り早めなければいけない。司会進行。お金配り。ルーレット。プレイヤーの回数あたりのターン時間の短縮もしなければ、到底ゴールまでは到着できない。


「……なんでもないよ、さあちゃっちゃとやろうか」


 アシュは満面の笑みを浮かべた。



 

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