心配


 出発して1時間ほどが経過。基本的には、首都を出るだけで半日はかかるが、アシュが考案した転移装置を要所に設置。それを応用して、馬車に搭載しているので、すでに国境の境へと到着した。


 数百年に渡り、莫大な富を築き上げたアシュは、大陸の至る所に無数の転移装置を設置した。それによって、同様のものが設置された場所ならば、どこへでも短時間で迎うことができる傑作の魔道具である。


 大陸一暇な闇魔法使いにとっては完全に無用の長物である。


「進路としては、どのようにしますか?」

「そうさな……このままの経路で考えれば、隣国のギュスター共和国か。まあ、久々にバルカ君でもおちょくって回るか」

「……かしこまりました」


 新興勢力として大陸から注目されている鬼才に対し、なんたる対応。相手は、おふざけでは済まされないほどの強敵。基本的に自分は戦わないというスタンスを貫いているキチガイ魔法使いは、完全に他人事である。


「わー、お菓子がいっぱいあるー」「なに、このクッションふっかふか」「馬車に乗ってるのに、全然揺れを感じなーい」「景色がきれーい」


 ワイワイ。


 キャアキャア。


 これから起きる指名手配劇など知るよしもなく、生徒たちはトリップ・ハイに浸っている。


「リリー様とシス様はよろしいのですか? 転移装置を使用すれば、彼女たちがこちらについてこられる道理はないと思いますが」

「指示通り、いくつかの痕跡は残したのだろう? だったら、リリー君はかじりついてでもついてくるさ」

「……しかし、さすがにそれは難しいのでは?」


 これらの転移装置もアシュの超発明の一つである。もちろん、手段がないわけではない。なんの変哲もない景色に見えるよう結界が張られており、それを解除すれば、ついてくることも可能だろう。

 しかし、同時に他者には悟られぬよう幾重にも幻影魔法を施している


「ついてこられないなら、それだけの器ってことだ。現に、ヘーゼン先生は痕跡など残さなくとも、自力で僕の下まで辿り着いた。あー、僕はなんて優しい教師なんだろうね」

「……」


 恐らく、期待の表れなのだろうが、アシュはリリーには人一倍――いや、百倍の負荷をかけている。大聖女テスラの力を借りたとは言え、自分の最高峰の魔法を跳ね返した若手の神童を彼はこれからも鍛え抜くだろう。


「……それよりも、僕が心配しているのはシス君の力だよ。聖櫃としての治癒力の発現は彼女にとって、吉と出るのか凶と出るのか」

「彼女はリリー様並の魔力野ゲートをお持ちです。大きくは心配ないかと思いますが」


 魔力野ゲートとは、左大脳半球上部及び側面に存在する、魔力をつかさどる部位である。魔法使いとそうなでないものをわけるのは、この部分を持っているかどうかによって左右される。


 シスは幼少の頃、魔力を放出することを疎外する物質を埋め込まれている、なので、魔力野ゲートが存在したとしても、魔法を放つことはできない。


「魔道具を与えた影響からか、それとも別の要因がきっかけなのか、彼女は自発的に魔力の放出ができるような体質に変容してきている。これの意味することがわかるかね?」

「……いえ」

「シス君の状態はあまりにも不自然に魔力を押さえつけられている状態だ。仮に、リリー君の魔力が生まれてからずっと押さえられていて、突如としてそのリミッターが解除されたら?」


 アシュの瞳には珍しく、心配の表情が浮かんでいた。


「暴発……ですか?」

「ああ。しかも、彼女の体内には、幾世代にも渡ってその魔力を継承し続けてきた物質が体内に残っている。その物質は純粋な魔力で言えば、中位天使すら足下にすら及ばぬほどの超魔力を保有しているはずだ。一度確認したが、僕にすらその総量は計りかねたよ」

「……」


 瞬間的にミラは理解した。アシュは意図的にシスの不能状態を放置したのだと。仮にシスの身体から強引に物質を取り出した場合、大陸すらも消し飛ぶほどの魔力が暴発する恐れがあった。このキチガイサディスティックモンスター魔法使いが危険だと判断して研究を中止するなど、ミラが知っている限り経験がなかった。


「魔道具を与えたのは、徐々に体外に魔力を放出して発散する術を持たせるためだったが、先日の出来事で劇的に変わった。その作用が彼女の身体に影響をもたらす可能性は否定できない」

「先日の出来事は全てアシュ様の性だと思いますが」

「……ふっ。忘れたね、そんな昔のことは」

「そうでしょうとも……でも、珍しいとも思いました」

「なにがだね?」

「アシュ様が、純粋に人の心配をされているところが……です」


             ・・・


「……おっと。そんなことより、ボードゲームだ」

「照れ隠しが雑すぎて、見ていられません」


 有能執事は、そうつぶやきながら棚からボードゲームを取り出した。

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