生徒 ジスパ
いつものHR。普段なら、アシュが延々と自身の功績について話す、ミラ曰く『大陸で一番くだらない時間』なのだが、この日はいつもとは挙動が違った。
キチガイ教師が冒頭で、1人の生徒に尋ねる。
「ジスパ君は、セザール王国へは行ったことがあるのかい?」
「い、いえ。私は他国へ行ったことがないものですから」
「ふむ……なら、一度行ってみてはどうかな? もちろん、僕も同行する」
「ア、アシュ先生もですか!?」
特別クラスの教室が、にわかにザワついた。
「えっ……それって二人っきりってことですか!?」
「何を妙な勘ぐりを入れている。こう見えても、僕は大陸一の紳士だよ」
「……脳みそ腐ってるんですか?」
リリーから、シンプルな、悪口が飛んだ。
金髪の美少女からそんなことを言われれば、大抵の人間は気落ちしそうなものだが、彼は大陸一鈍感なメンタルを持つ闇魔法使いには一ミリたりとも響かない。
「ふっ……思春期特有の自意識過剰も大概にして欲しいものだな。ミラも一緒だし、問題ないだろう」
「断固として反対です! 断固として!」
「……君は、いつも断固断固うるさいな。意見を述べるのは構わんが、その無駄に強い圧力だけはなんとかならないものかねぇ」
「「「「……」」」」
た、確かにと生徒全員が思った。
「リリー君や他の貴族たちと違って、彼女は平民出身の苦労人なんだよ。夏休みに君たちが他国のオーシャンブルーではしゃいでいた頃、彼女は実家に帰って麦畑の収穫を手伝ってたんだよ?」
「……うっ」
「冬休みに君たちがバーベキュー三昧の生活を送っていた頃、彼女は実家の屋根の積雪をセッセと落として倒壊を防いでたんだよ?」
「……ううっ」
「そんな親孝行で貧困な彼女が、自分の職場を決めるために、他国へ行くことに反対する理由など、僕には思い浮かばないがね。そこらへんの理由を僕に理路整然と倫理的に端的に説明してくれないかね? リリー=シュバルツ君」
「……う、ううううううぎぎぎぎっ」
グリグリ。
グリグリ。
相変わらず、ドSで来るリリーをドSで黙らせることが大好きな超サディスティック魔法使いである。
「まあ、冗談はこれぐらいにしておいて、ナルシー=メリンダ君もセザール王国には半年間帰ってないのだろう?」
「はわ、はわわわっ………」
アシュ崇拝黒髪美少女は、不意に声をかけられて、気絶しそうになる。実家のことなど、どうでもよい。彼女は、アシュが好きなだけで転校までしたが、好きな人の前では何も話せない乙女チックモード全開の変わり者美少女だった。
「……うん、まあちょっと様子がおかしいが、君も一緒に来なさい。お父様にもご挨拶しなきゃいけないしね」
「地獄の果てまでお供します!」
ああ、もう結婚のご挨拶だなんて――と妄想を限りなく爆発させる黒髪美少女だったが、大陸一鈍感な闇魔法使いにその想いが届くわけがなかった。
「ダン君もダルーダ連合国に移住する前に、一度だけでも見ていた方がいいんじゃないか?」
「そ、それはできればありがたいですが」
「遠慮することはない。では、希望者を募って次の休日にでも行こう」
そう答えると、ワーっと大きな歓声が湧く。そんな声を心地よさげに聞きながら、アシュは意気揚々と教室を後にした。
「……」
後へとついていくミラは人知れずアシュを見直していた。最近の彼は本当に生徒の将来のことを考えていた。てっきり考えるフリだと思っていたが、本当に考えていた。結果が伴わないだろう、いやむしろ真逆になるであろうことは薄々感じ始めているが、それでも一生懸命に生徒のことを考えている主人を有能執事は誇りに思った。
「アシュ様……私はあなたのことを――」
「これで、ボードゲームがやれる」
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