天然


 ミラはアシュ=ダールの最高傑作である。大陸史上でも類を見ないほど優秀な研究家が自信を持って言い放った言葉である。言語、料理、算術などの特技が数百にも及び、戦闘も単騎では右に出る者はいない。その容姿は美しく、すべての所作が王族級の洗練さでこなせる。

 しかし、そんな彼女でも、主人の言葉の意味は、たびたび理解を超えた。


 ボードゲーム?


 繋がらない。


 繋がっていかない。


 ……いや。


 まさか、この男。


 妙に海外を勧めるなとは思っていた。実に一ヶ月以上前から、あの国にはこんなものがあった。あの国はこんなにも凄かった。ことあるごと各地のウンチクを述べるなとは不審には思っていた。


「アシュ様……まさかとは思いますが、ボードゲームがやりたいから生徒の方々に他国を勧めた訳ではないですよね?」

「はぁ? 何を言ってるんだ。そんなわけないだろう? そもそも、可愛い生徒の将来とボードゲームなど、天秤にかけるまでもない。どこの異常者にそんな輩がいるというのだね?」

「……はい。申し訳ありません」


 そう諭され、ミラは胸をなで下ろした。

 そうだ、まったくその通りだ。さすがに、アシュ=ダールも、そこまで浅はかではないだろう。言ってみれば、特別クラスの生徒たちは彼の秘蔵っ子。各国に推薦してその才能を伸ばしてしまいたいという想いも、もちろん持っているだろう。


 そんな訳がない。


 どこにそんな異常者が……


「アシュ様、教えて頂きたいのですが、先ほど『これで、ボードゲームができる』の真意を教えて頂けないでしょうか?」

「そんなこと言ってないよ。今日、君はおかしいね。故障かな?」

「そうであれば、こんなに嬉しいことはありませんが、確かにおしゃいました」

「言ってないって」

「……」


 ミラは思った。


 そうだ。コイツは、とんでもない天然異常者だったと。


 紛れもなくボードゲーム禁断症状が出ている。思えば、この前リリーにボードゲーム盤をひっくり返された晩から挙動がおかしかった。就寝中、夢遊病者のようにルーレットを回す仕草をしていたり。授業中、『こらこら、君のその目はディスティニィだぞ』と口ずさんでいたり。


 この天然異常者であれば、気づかぬうちに自身の欲望を満たすべく行動していてもおかしくはない。意図的でない分、なおさら性質たちが悪すぎる。この男は能力スペックだけは異常に高い。無意識でも、彼らを自身の欲望に使うことなど、朝飯前の芸当である。


「ところで、旅の準備はどうなっている?」

「……はい。いくつかの問題が浮上しております」

「小さな問題は問題とは言わないよ? 僕も暇じゃないんでね。解決困難な大きな問題だけ報告してくれればいい」

「……かしこまりました」


 秒でシネバイイノニ――と、有能執事は思った。


 そもそも無限に問題を生み出し続けている問題児の対応で、日々借金のように問題が増え続けている。この男が息をすれば、問題ができると表現しても、あながち間違いでもない。


「では、報告させて頂きます」

「……と言うことは、小さな問題ではないと言うことか?」

「はい。生徒の方々の警備上の問題ですので。この旅は非常に危険だと言わざるを得ません」

「ふむ……ミラがいればいいと思うがね。なにか大勢からの襲撃の可能性があるのかい? それなら、各国から警備を要請すればいいんじゃないか?」

「……その各国の正規軍からの襲撃可能性が高いです」

「……」

「……」


           ・・・


「……ん?」


 アシュの足が止まった。

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