謝罪
*
遡ること数日前、ダルーダ連合国の国家元首フェンライ=ロウは、最上級のソファに腰を落ち着かせながら葉巻を吸っていた。机には数百年もの年月を熟成したワインが当然のように置かれている。
「……登りつめたな」
フェンライは、しみじみとつぶやいた。一介の侯爵であった身分から、よくぞここまで来れたと自画自賛する。誰もが見向きもしない日々。クソのような土地の、クソのような民を統治するだけの日々から、よくぞここまで。
邸宅は首都の中央にある一等地。執事は数百人単位で存在し、愛人などは日替わり。自分の寵愛を得ようと、貴族が自分の顔色をうかがいながら媚びへつらう。毎日が酒池肉林のような生活で、不自由なことなど何一つとしてない。
しかし、それは当然の対価であるとフェンライは考える。
自分は権力を得るために、なんだってやってきた。吐き気がするほどの汚濁も飲み干し、下げたくない頭も数千回下げた。他の者とは明らかに違う。権力への媚びが足りていないのだ。それに比べ、自分はなんだってやってきたのだから。
「疲れた。愚かな者たちとの不毛な会話には、最上級の葉巻とワインでしか癒やせない」
そうつぶやきながら、フェンライはグラスを回す。
「素晴らしいな……この芳醇な香り。このワインは誰からの貢ぎ物だ?」
「はい、アシュ=ダール様からのものです」
ブフーッ!
国家元首はワインを鼻からぶっ放した。
「ブ。ブフッ……な、なぜそんな奴のワインを差し入れる!?」
「えっ? でも、差し入れリストに入っておりましたが」
「ちょ……貸せ!」
秘書からリストをひったくると、確かに自分の筆跡で、アシュ=ダールという名前が書いてある。
「くっ……あの執事だ」
間違いない。この警戒厳重な屋敷に誰も気づくことなく忍び込み、自分と同一の筆跡で書き残したのだ。そして、その行動を読んでいたかのように、リストの端に書き置きが差し込まれている。
フェンライはイライラしながら、その紙を眺めた。
*
「あなたには、何が書かれていたのだ?」
「……わ、わかった」
ダルーダ連合国国家元首は少し躊躇した表情を見せたが、やがて羊皮紙を広げる。
『やぁ、フェンライ君。親友である君に折り入って話がある。ダン=ブラウ君という優秀な生徒がいる。この年で精霊召喚魔法を扱える者はそうはいない。彼は君のいるダルーダ連合国に住んでみたいと考えているようだから、なにかあったら色々と便宜を図ってあげて欲しい。頼んだよーーアシュ=ダール』
「……妙に親しげだが?」
「む、昔の話だ」
リデールの追求に、フェンライは苦々しげにつぶやく。
彼が国家元首に登りつめられたのも、アシュの莫大な資金力。そして、著しくレベルの高い魔力研究が大きく寄与しているのは間違いない。
ただ、もう自分はあの頃の自分ではない。
そんな中、バルガがマジマジとこの羊皮紙を眺める。何度も何度も、その紙に触れて確かめ、ハッとあることに気づいた様子を見せる。
次の瞬間、バルガはフェンライに殺意の籠もった目つきを放つ。
「これは……魔字が入っているな」
「な、なに!?」
魔字というのは、契約されている者の魔力を込めることで浮かびあがってくる文字のことである。
「……私の手紙にはそんな痕跡はなかった」
「私もだ。なぜ、フェンライ殿にだけ魔字が込められている?」
「わ、わ、私は断じて知らない……ブフーッ。ブフーッ」
鼻息荒く否定するダルーダ連合国家元首の冷や汗が止まらない。こんなものが隠されているなんて迂闊だった。これでは、両首脳に対し、自分だけが特別にアシュと繋がっていると疑われても仕方がない。
フェンライは心の中でキチガイ魔法使いを恨む。
なぜ、アイツは、ことあるごとに余計なことしかしないのだ。
「ここで魔力を込めてみてくれ」
「いや……しかし」
「内容は知らないのだろう? だったら、できるはずだ」
バルガとリデールが、フェンライに詰め寄る。もはや、かなり疑念を持たれていることは見て取れる。
フェンライは、仕方なく覚悟を決めた。
「わ、わかった。私は断じて知らなかった。本当だ! 信じてくれ」
「……早くしてくれ」
フェンライは、『頼むから余計なことを書くな』と心の底から願いながら、差し出された羊皮紙に自分の魔力を込めた。
『追伸。時々君の豚真似を懐かしく思うよ。女性の前で跪いてブヒブヒと鳴くことで性的興奮を覚えると涙ながらに語ったことは、今も僕の胸に熱く刻まれている。
世間は僕のように心広くはないから、こうして魔字を使って隠さないといけないが、いつか君のようなセクシャルマイノリティが堂々と闊歩できる社会になるといいね』
「……」
「……」
・・・
すまん、とバルガは小さな声でつぶやいた。
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