それから(1)


          *


 それから二週間後。禁忌の館で、ひたすらベッドで寝転んでいるアシュ。さすがに、2体の中位悪魔との融合に、三悪魔の一撃を全力解放。身体が言うことを聞かないのは、まったく当然であり、自業自得である。


「お加減はよろしいですか?」

「……いいわけないだろう」

「それは、何よりです」


 有能執事がそう言いながら、ダージリンティーをカップに注いだ。アシュは、いつものごとく、『ミラのブラックジョークは相変わらずエッジが効いているね』と評価するが、


 紛れもなく本心である。


 ヘタレ主人を連れ帰った後、不眠不休で至るところに駆け回った。そもそも、かっこよく去ったと思い込んでいるアシュが、衝撃かっこわるい撤退を見せた後、即座に気絶したキチガイ主人をベッドに寝かせ、すぐさま踵を返して、戻った。


 当然、敵地に放置していったシスとリリーを救うためである。


 まさか、あの空気感で本拠地に、最も命を狙われている傷だらけの2人を置いていったなど、神ですら思わなかったのだろう。幸いミラの心配は的中せず、意外にも事態は動いていなかった。


 ロイドという抑止力がいたせいもあるかもしれないが、シスが必死にリリーとテスラを治療する光景に、なにか胸にさすようなものが合ったのではないかというのは、有能執事の私見である。


「しかし、あの2人は一向にお見舞いに来ないね。まったく、誰のせいでこうなったと思っているんだ」

「……どういう神経でその発言をおっしゃってるのか、まったくわかりませんが、誰のせいでと言われれば、『限りなく自業自得では』と言わざるを得ませんが?」

「なんで?」

「……」


 あーこいつ言葉通じねーわ、とミラは思った。


「まあ……今回は彼女たちも、よくやったよ。合格だ」

「と言うより、完全に、完璧に完膚なきままの敗北だったと認識しておりますが」

「……」


 ミラのツッコミに、負けず嫌い魔法使いは沈黙する。

 リリーの聖闇融合は、アシュの全身全霊の攻撃を完膚なきまでに食い止めた。それすなわち、正攻法で唱えるアシュの攻撃はなにも通じないということだ。


「……冗談を抜きにして。リリー君には、今後あの魔法を使わないようにさせなければな……アレは普通の人間が使える魔法ではない。下手をすれば、唱えた時点で自身を消滅させるほどの爆発力を感じたよ」

「ええ」


 サラッと『完膚なきままに叩きのめされた案件』を冗談という言葉で逃げたのは気に入らなかったが、ミラもそれには同意見だった。彼女は悪い意味でアシュ=ダールの系譜を引き継いでいる。ヘーゼン=ハイムとアシュ=ダールのハイブリッド。想像しただけで破綻している。


「シス君がいたのが余計だったな。アレは、治療できたことに味を占めて、何度も愚行を繰り返す……彼女は、思ったよりも短命かもしれないね」

「……はい」


 アシュが行った悪魔融合を見た時、サモン大司教は『貴様は狂っている』と評した。しかし、皮肉にもリリー=シュバルツという少女は、むしろ、それを越える方法はないだろうかと模索した。


「そう言えば、テスラ先生は? これだけの満身創痍であるとキチンと伝えたのかね? お見舞いに来ないなど、同僚として失格だと思うが」

「いったい、なにがどうなってそのような思考になっておられるのか、皆目見当もつきませんが、あの方も療養されております」

「なんで?」

「……」


 頭、おかしーのかテメーは、とミラは心の中で思った。


「光魔法の治療効果を著しく減少させる『闇ナイフ』。それで、刺したので傷口の治癒が遅いものだと思っております。むしろ、よく死ななかったと褒めるべきでしょう」

「死なないよ。500年も生きながらえた彼女の身体が、そんなにヤワなはずがないだろう? 現に、戦闘中に長々とセナや生徒に演説してたじゃないか。普通は、瀕死の重傷者はあれだけ話せないんだよ」

「……血を吐きながら、絶え絶えでしたので、本当に死にそうだったのだと思いますが」


  確かに、と思わざるを得ない部分もあるが、わざわざアシュお手製の魔道具まで仕込んで。こいつの思考回路どうなってるんだと言わざるを得ない。


 そんな中、館の外で徘徊している魔獣の鳴き声が騒がしくなってきた。

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