それから(2)


 数時間後、まるで友達の家に寄るかのように。リリーとシスは禁忌の館周辺に現れた。周囲は人を喰らう獰猛な魔獣がウヨウヨしているが、そんなことは全然気にしない。


「まったく……嘆かわしいね。尊敬する教師が怪我をしているというのに、お見舞いに二週間も遅れてくるのだから」

「尊敬されるべき教師は、そんなことを言わないと思いますが」

「……ふっ。逆説……か」


 意味不明な言葉で、遠い目をして、シスが魔獣と戯れている所を、いやらしげに眺めるキチガイ魔法使い。


 それから、数十分が経過しただろうか。いつものように、リリーが先導して、シスが後ろから部屋に入ってきた。


「あー、アシュ先生。起きてるんだったら、学校に来てくださいよ。いつまでもサボってるなんて怠慢ですよ、タ・イ・マ・ン」

「……相変わらずの騒々しさだね。声を聞くだけで身体に響くよ」

「フフッ……フフフフフ……身体だけですか?」


 リリーが勝ち誇ったように、アシュを見る。


「どういう意味だい?」

「も・し・か・し・て……私に負けちゃったから、精神的に落ち込んじゃってるんじゃないかなー……ないかなーって思いまして」

「……」


 浮かれている。案の上、自身の勝利に酔いしれている金髪美少女。

 

「ふっ……負けたよ」

「……えっ?」


 素直にそう頷くアシュに思わずリリーは目を見張った。


「君の情熱に負けた……とでも言うのかな。とにかく、僕の完敗だ」

「ちょ……確かにアレは――「君のあれほどまでに、僕のことを強く想っていたなんて、気づかなかった。僕の負け……と言うか、鈍感だった。すまなかった」

「……えっ?」

「……」

「……」



          ・・・


 金髪美少女はその発言に、意味がわからずに固まる。


「覚えていないのかい? あれほどまで大告白だったのに。なあ、ミラ。シス君」

「はい」「そうですね」

「……えっ? えっ? えっ?」


 リリーは非常に混乱していた。キチガイ教師のキチガイ発言だけならともかく、ミラもシスもまったく同意の状態に。あの時のことは、よく覚えているが、確かにあの瞬間の挙動は興奮していてよく覚えていない。


「なんだい、忘れているのかい? 仕方がない、ミラ、思い出させてあげなさい」

「はい……『簡単です……アシュ=ダール……あなたを……超えたいから。前を歩いているその背中を見続けるのが嫌だから。前を見続けて、ちっとも後ろを振り向かずに歩き続けるあなたの顔が――「わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ―――――――!」


 館中の窓が破れるほどの大音量で。リリーはミラの口を押さえて叫び出す。確かに、心の中ではチラッと想ったのかもしれない。

 しかし、それを口に出しているとは、まったく想っていなかった。


「う、うるさいね! 僕が患者であることを忘れてないかな!? いくら、好きな人を前にして」

「だ、だ、だ、誰が好きな人ですか!? 断固として撤回します! ミラさんが言ったのは、本当の私じゃありません」

「なにを言ってるんだ。あれほど壮絶な戦いの最中、偽りの自分を出せる余裕が君にあるとでも?」

「嘘です嘘です嘘です! 私の中の魅悪魔が嘘をついたんです!」


 そう答えると、急にアシュは真面目な顔になった。


「……君に言っておかなくてはいけないことがある。中位悪魔の召喚はするな。少なくとも、僕とシスがいないところでは決してしてはいけない」

「な、なんでですか?」

「中位悪魔はそれだけ危険なものだ。まだ、君には扱えない」

「で、でも……ヘーゼン=ハイムは――」

「あの人は特別だ。あの怪悪魔ロキエルを、まるで家畜のように扱っていた。服従させ方の度合いが君とは次元が異なる」

「ど……どういうことですか?」

「悪魔は隙あらば、裏切ろうと、虎視眈々と狙っているものだ。ヘーゼン先生と怪悪魔の服従のさせ方は絶対的なものだ。君は魅悪魔にその実力を認められたに過ぎない。信頼度で言えば、ヘーゼン先生が100だとすると、君は多く見積もって10ほどだろう」

「あ、アシュ先生は?」

「僕は200だ」

「なっ……」

「誇張していないよ。まあ、あくまで滅悪魔とだがね。僕は彼に必要な契約をしている。契約というのは、互いに交わす約束だ。たとえ、中位悪魔といえどそれを破ることはできない」

「……う゛ーっ」

「駄々をこねても駄目だ。君のために言っている忠告だ。素直に従いなさい」

「……ううっ……わ゛がり゛ま゛じだ」


 全然わかってなさそうに、リリーは頷いた。

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