敗北
闇が辺りを覆い、完全に光が消えた。
紛れもなく、アシュ=ダール最高の一撃。現時点では、これ以上の高威力魔法を出せる者は存在しない。現状持ちうる、アシュ自身の全てを放ったそれは、数秒全ての光を閉じ、周囲を闇で包んだ。
やがて。
「……はぁ……はぁ」
微動だにせず、リリーが、立ち尽くしていた。周囲を張り巡らしていたのは聖闇の魔法壁。
ただ、それは、美しかった。
一瞬にして、幾百層もの光と闇を紡いだ糸のようなそれは、アシュの放った三悪魔の一撃を耐えきった。
「……ククク。見事……だな」
すでに、悪魔召喚が解け、血だらけのアシュは膝を崩した。もう、自身の魔力は一ミリたりとも残っていない。ただ、教師としての彼の矜持が、このまま倒れることを許さなかった。
倒されるならば……教え子の手で。
アシュはリリーを見て微笑み、リリーもまたアシュを見て微笑んだ。同じ笑顔でも状況は明らかだった。全魔力を使い切り、身体中が傷だらけの闇魔法使いと、未だ無傷で聖闇融合すら解けていない金髪美少女。
しかし、次の瞬間、リリーが力なく崩れ落ちる。
力天使と魅悪魔の融合は霧散した。
すでに、セナの意識はなく、力天使はそのまま消滅したが、そこに魅悪魔だけが残った。
「……」
「殺さないのかい?」
ボーッと眺める魅悪魔に対し、ゆっくりと足を進めるアシュが問いかけた。
「フフ……もう、力は使い果たしておるわ……と言うより、この小娘に全て使わされた。忌々しい奴じゃよ」
「……中位悪魔と契約する方法は2つ。相応の贄を差し出すか、屈服させるか」
「……」
魅悪魔は、フッと笑いそのまま地面へと消えていった。
アシュはスヤスヤと眠っているリリーを抱き上げ、ミラの方へと向かう。
「……終わった。もう、飽きたよ。帰る」
「そうですか」
ミラと対峙していたシスは、ボロボロになりながらも立ち上がろうとしていた。血を流し、絶え間なく自身に治癒を施している状態。
一方で、ミラは無傷。
「どうだい僕の最高傑作は? 強いだろう?」
アシュは誇らしげにシスを眺める。
「はぁ……はぁ……越えて……見せます」
「……頼もしいね」
そう言いながらシスの元へと近づき、リリーを地面に下ろす。
「敢闘賞だよ。スヤスヤとご機嫌に眠っている……ああ、君のその手のひらなら、彼女の傷ついた身体の内部も治療できるんじゃないかな」
「……リリー」
シスはすぐに武装を解除して、リリーの元へと駆け寄る。その光景を、アシュは少し面白そうに眺めた。
「さあ、ミラ。行こうか」
「ま、待てっ!」
そう呼び止めたのはランスロット。
「なんだい? まだ、僕にいちゃもんをつけようとでも?」
「……このまま逃げられるとでも思ってるのか?」
「逃げる? 戦況を見てわからないかい? 僕の完全勝利じゃないか」
リリーが意識を失った時点で勝負は決した。シスはすでに重傷を負い、アリスト教守護騎士もボロボロ。加えてアシュ側には、ほぼ無傷のミラとロイドがいる。
「聖櫃が……彼女が……テスラを……治せば」
「……どの口が言っている?」
闇魔法使いは、漆黒の瞳で射貫く。
アシュは必死にリリーの治療をしているシスの頭を軽くなでる。しかし、彼の優しく触れる手とは裏腹に、その怒りは、今までにないほどの嫌悪感を物語っていた。
「君たちがなにをしようと勝手だ。僕に危害を加えない限りは、偽りの平和を謳おうと、救いのない楽園に導こうとも好きにすればいい。ただ、これ以上、この少女の善意を利用しようとするなら、僕は君たちを徹底的に追い詰める。生きとし生けるアリスト教信者全員を煉獄の深淵に堕としてみせるよ」
「……」
そのあまりの迫力に。
底知れない狂気に。
ランスロットを初め、アリスト教信者は全員口を閉ざす。それは、決して口にしてはいけないほどの言葉であったと、全員が悟った。
テスラを慕うシスの気持ちを利用して、自身の益を得ようとする自らを恥じた。
やがて。
戦意を失った彼らをぐるりと見渡し。
主人は執事の方に身体を向ける。
「さあ、行こうか……ミラ、おんぶ」
「……私なら、恥ずかしすぎて、煉獄の深淵にダイブしておりますが」
有能執事は、そうつぶやきながら、すでに立てない無能主人を抱え、光と共に消えていった。
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