だから
かつて、ヘーゼン=ハイムは18歳という若さで聖闇魔法を編み出した。あまりにもそれが優秀な魔法で、その系譜を継ぐ者はいたが、それ以上のものを生み出そうとする挑戦者は少なかった。
それから、数百年の時を経て、リリーという少女が命を懸け、試した。
アシュに『ヘーゼン=ハイムを超える』と言わしめたほどの才能。365日、実に18時間以上費やせるほどの絶えなき情熱。そして……自身の命など、笑って投げ捨てられるほどの狂気。
「はぁ……はぁ……フフッ……」
その微笑みは、皮肉にもアシュのそれと酷似していた。
リリーの額には大きな角が。口元には牙が。そして、背中には白く雄々しい翼が。全身から放たれるオーラは、聖と闇が入り交じる。明らかに、彼女のいる空間に歪みが生じるほどのいびつなる混沌。
「……聖闇融合。素晴らしい」
アシュは、思わず、つぶやいた。
造語であるが、誰もがそう命名するだろう。体内に同等の悪魔と天使を同居させることによって、爆発的なエネルギーを創り出す。その媒介役をリリー自身が務めたのだ。
「お褒め頂いて光景です、アシュ先生」
狂気と慈愛を滲ませながら、リリーは笑う。すでに、意識は朦朧としていて、間違いなくいつものリリーではない。類い希な力を手にした時の恍惚と痛みが交互に襲いかかってきて、感情が安定しない。
そして、次の瞬間、口からは大量の吐血が漏れ出る。
「……当然だね。自身に天使と悪魔を同居させるのだ。生身の肉体が一瞬に消滅してもおかしくはない。寿命も……十年……いや、もっと縮んだだろうね」
魅悪魔との融合はともかく、力天使融合は身体にも相当な負担だ。いかに、悪魔ではないとは言え、高位体を体内に宿すのだ。ヘーゼン=ハイムが、戦闘にそれを使わなかった理由もそこにある。
しかし、それでもリリーの表情に揺らぎはなかった。
「構い……ません。あなたを倒せるなら、それで。今、ここで……死んだって」
「……なぜ、そこまでする?」
闇魔法使いには理解できなかった。
だが、リリーは当然のように笑った。
「簡単です……アシュ=ダール……あなたを……超えたいから」
あなたを倒すことは、それだけの価値がある。
考え方が違うことでもない。気に入らないからでもない。憎いからでもない。
もちろん、好きだからとか、嫌いだからじゃない。
前を歩いているその背中を、見続けるのが嫌だから。前を見続けて、ちっとも後ろを振り向かずに歩き続けるあなたの顔が……見たいから。
だから……
「アシュ先生……あなたを……超えます」
「……ククク。ならば、超えて見せたまえ」
闇魔法使いは笑い。
詠唱を始める。
闇のエネルギーと共に、アシュは極大魔法を放つ。
アシュは、この極大魔法に名を冠している。それは、幾千……いや、幾万の試行錯誤を繰り返し、闇属性の魔法を極限まで高めたものだった。
「グギグギギギギギッグギギグギギギギギギグギギギギギギグギギギギギギグギギギギギギグギギギギギギグギギギギギギグギギギギギギグギギギギギギグギギギギギギグギギギギギギグギギギギギギグギギギギギギグギギギギギギグギギギギギグギギギギギ……」
莫大な溜め。地が揺れ、血が全身から吹き出る。自身の持ちうる力の全てを凝縮した。この魔法は絶対に破られない。アシュには聖闇融合をしたリリーに対しても、絶対の自信があった。
アシュは中途半端なものには名前をつけない。
自身が最強であると確信したからこそ、この魔法に絶対的な位置づけを与えた。
これは、ヘーゼン=ハイムの聖闇魔法を超える最終手段用に編み出したものだからだ。
類い希な才能。絶対的なる狂気。壮絶なる戦いを幾百年とくぐり抜け、手にした力。それが、破られるはずがない。
魔法使いとしての自身への矜持。その全てを、この一撃に込める。
<悪鬼の 悪辣よ 我が闇へ 聖者を 誘わん>ーー
黒い光が一瞬にして弾け飛び、闇があたりを支配した。
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