融合


「……ちっ、厄介な」


<<聖獣よ 闇獣よ 双壁をなし 万物を滅せ>>ーー理の崩壊オド・カタストロフィ


 リリーはチッと舌打ちをして、聖闇魔法を放つ。

 しかし、悪魔と化したアシュは、いとも簡単にそれを躱す。まとはすでに巨体ではない。人間を超える反応速度で、人を超える速度を出すことができれば魔法など当たる道理はない。


 そんな彼女を歯牙にもかけず、アシュは力天使カサリオンの元へと高速で飛翔する。


 弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾だだだだだだだだだだだだだっ―――――!


 一方的に拳を叩きつけ地面に押しつける。力天使が為す術もなく殴られる。先ほどの戦闘とはまったく次元の異なる攻撃で、セナは魔力欠乏症寸前でうずくまる。


 リリー越しに垣間見える魅悪魔に焦りの色が出る。


「グググ……グギギギギギギギ……う゛、う゛う゛っ……」


 一方で。アシュは、体内の悪魔が暴れだす。自我がとめどない殺意に持って行かれる。気が狂いそうなほどの欲求が。殺害衝動が。本能が。狂騒が。脳内に。体内に。いたるところに駆け巡り。


「グググ……グギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギ……」

 

 アシュはこの場を蹂躙することしか、考えられなくなる。


 そんな圧倒的な脅威をもたらす怪物に対し。


 「ちっ……潮時じゃな」


 リリーの体内にいる魅悪魔は、忌々しげにつぶやく。もはやこの怪物は厄介極まりないものだ。その実力は中位悪魔を遙かに凌駕する。

 そもそも、オイリエット自身、明確な目的があってここに来たわけではない。


 この場を蹂躙し、人を嘲笑う。


 要するに楽しめればそれでよかった。


「じゃあな、まあまあ楽しめたぞ」


 しかし。


 そう言い放って、意気揚々とリリーから出ようとした時。


『……いや』


 声とともに、身体が拒絶した。


「な、なんじゃ……」


 戸惑いの声を発したのは、オイリエット。まさか、自身の体内に留めようとする者がいるのは、初めてだった。


『……逃がさないわよ』


 魅悪魔の頭に声が響く。


「お前は……」


 声の主は自分と同化しているリリーだった。


               *


 魅悪魔が召喚されてきた時点。オイリエットがリリーを『絶好の贄』であると見なした瞬間、リリーもまたオイリエットを『絶好の贄』であると見なしていた。


 これは、千載一遇のチャンスであると。


 ヘーゼン=ハイム。ライオール=セルゲイ。テスラ=レアル。そして、アシュ=ダール。自分の先にいる猛者たちは、等しく中位悪魔や天使と契約している。彼らの領域まで辿り着くには、自分にもそれが必要であるとリリーは実感していた。


 以前から、彼女は中位悪魔、天使召喚に関する様々な文献を読みあさっていた。中でも目をつけていたのが魅悪魔オイリエット。この中位悪魔は未だかつて誰も使役したことのない悪魔である。


 彼女が選んだ理由は、アシュの秘術『悪魔融合』である。シスからの伝聞だったのだが、悪魔と融合するという考えは、リリーに衝撃を与えた。魅悪魔の能力ならば、それに近いことができるのではないか?


 しかし、どうやって魅悪魔の呪縛から逃れる? そのヒントはヘーゼン=ハイムの文献に残っていた。自叙伝には、『魅悪魔を倒すときに感情を二つに分けた』と魅悪魔は人の心を読み、操る。それは、下位悪魔ベルセリウスの能力の上位互換だった。


 すでに使役しているベルセリウスで何度も試した。そうすることでわかった事実。

 人の心には深みがある。すなわち、読まれる心を分けられるということだ。リリーは。ベルセリウスに自身の感情を悟られぬよう、表層上の心と深層上の心に分ける訓練をした。


 いつか、遭遇するかもしれない魅悪魔オイリエットに備えて。


               *


『卑怯者。相手が強いからって逃げるの?』

「なぜ貴様……」

『仮説は当たっていた。一か八かだったけど。あんたは、取り憑く前に、心を読み取り支配する。取り憑いてから発見した心を操ることはできない」


 その仮説は、何度も検証した。魅悪魔の心を読む能力は外に向けられている。取り憑いた時点で、自分の所有物としたものを探ろうなんて思わない。


「くっ……気味の悪い娘じゃ……さっさと……くっ、離せ」

『ぐぐぐぐぐぐぐっ……は、離すわけでしょ! べーっだ』


 必死に身体の中から出ていこうとする魅悪魔を、金髪美少女は逃さない。生来のしつこさも、当然あるが、彼女は自分自身の心を強く練っていた。この短時間に、全ての心を費やせるように。


 そして。


<<聖獣よ 闇獣よ 双壁をなし 万物を滅せ>>ーー理の崩壊オド・カタストロフィ


 リリーは魅悪魔に操られることなく、再びアシュに聖闇魔法を放った。

 しかし、彼自身は容易にそれを躱す。力天使から離れて跳躍するだけで、数十メートルも離れることができる。人間離れした超人的な能力。

 

「セナー―――――、力天使をこっちに!」


 リリーは大声で叫ぶ。

 彼女の目的は聖闇魔法でアシュを消滅させることではない。力天使から闇魔法使いを引き離すこと。意識が朦朧としていたセナは、残りの力を振り絞り、力天使をリリーの元へと向かわせる。


『こ、小娘……なにをするつもりじゃ?』

「こう……するのよ!」


 完全に主導権が切り替わったリリーは力天使の手のひらに、自身の手のひらを合わせる。瞬間、とめどない光が天空から舞い降りる。リリーの身体が超高熱を発し、地面がその熱でドロドロになる。


『天使融合……だと……バカな……わらわがここにおるのじゃぞ……そんなことをすればわらわだけじゃない。お前の身体も……痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ――――――――――――――「ぐっ……ぐぐぐぐぐぐぐっ! うるさ――――――――――――い! ちょ、ちょっと黙ってて――――――!」


 闇と。


 光が。


 合い混じり。








 とめどないなにかが弾けた。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る