「うおおおおおおおおっ……ぐっ」


 また、一人。アリスト教守護騎士が崩れ落ちる。彼らの人数も、かなり少なくなってきた。残っているのは、もはや数人。

 最強の執事であるミラ。無尽蔵のスタミナを誇るこの女性は、どこまでも強く、凶悪だった。


 仮面の魔法使い――ロイドと13使徒の戦いも、一進一退の攻防を続けているが、どこか抑えめにすでに彼が抑えつつある。

 恐らく、ミラが自分たちを殲滅するのを待っているのだろうと思った。


 あらためて、この2人はアシュ以上に厄介な存在だ。


 今後、アシュと敵対することは少なからずあるだろう。主義と思想の相違で、彼が譲ることなどあり得ないのだから。

 その時に、この最強の騎士ナイト女王クイーンは避けては通れぬ壁だ。


「はぁ……はぁ……はぁ……大丈夫ですか?」

「……」


 脇腹の傷口を抑えながら戦うアリスト教守護騎士に声をかけるが、無視された。お互いの利害が合って、敵対はしないが、なれ合う気もない。そう言いたげな様子だ。

 しかし、シスは大きくため息をつき、腕の袖をちぎって、彼の胴体に巻く。


「ちょ、ちょっと……なんだ、お前っ」

「黙って。このままだと、出血多量で死んでしまいます」


 できるだけ死人は出したくない。さっきまで殺そうとしていた人たちであることはわかっている。ただ、それでも人が死ぬところは見たくない。もちろん、アシュは偽善だと斬り捨てるのだろうけど。


 伝えたいことは、いっぱいある。


 アシュ先生――人が傷つく所を見ると、自分が傷ついているようで……痛いんです。その痛みを、我慢しなくちゃいけませんか? 目を背けて、感じなくなるまで、見ないようにするのが、正解なんですか?


「なんで……お前が泣いてるんだよ?」

「……わかりません。ただ……哀しくて」


 なぜ、この想いが伝わらないのだろう。なぜ、こんな簡単なことが伝えられないのだろう。でも……私があの人にそれを言ったら、私はきっと泣いてしまう。それは、あまりにも哀しいことだから。


 それが、わからないことは、多分、すごく哀しいことだから。


「なんか……お前の手……光ってる」

「……えっ?」


 その声に反応して、シスは自らの手のひらを眺めた。すると、白い光が怏々と輝いている。彼女はその光を彼の傷口へと当てた。

 すると、目に見えるほどの速度で回復していく。


「その力は……」

「多分……聖櫃である私の中にある力なんだと……思います」


 青年は少しの間沈黙していたが、やがて大きくため息を吐いた。 


「……ありがとう。もう、いいよ。お前、名前は?」

「シス……シス=クローゼ。あなたは?」

「ダムド。ダムド=レイ。一緒にアイツを倒すぞ」


 青年はなにかを決心したかのように前を向いた。手のひらに光は、未だ消えていない。この力があれば、テスラのことも治療できる。

 そう思った矢先、ミラが真っ先に突っ込んできた。


「くっ……」


 ミラの一撃を辛うじて躱す。


「申し訳ありませんが、その力は見過ごせません。テスラ様を癒せば、形成は完全に逆転してしまいますので」


 そう言って、先ほどとは比べものにならないほどのスピードで拳激を浴びせてくる。目にもとまらぬほどの拳に、シスはほぼ反射神経だけで躱す。


「聖櫃を守れー!」


 そう叫んだのは、先ほどのダムドという青年である。残ったアリスト教騎士たちは一丸となってミラに対して攻撃を仕掛ける。八方囲から至る所から飛んでくる剣や魔弩を、神速のスピードで躱すミラだったが、さすがに動きに余裕がない。


 ガッ。


 初めて、シスの拳がミラの頬にかすった。


「当た……った」


 ほぼ無敵かと思われた有能執事に、拳を当てることができた。


「見ろ! 敵とて、人間。決して倒せない相手ではない!」


 ダムドはそう周囲を鼓舞する。どうやら、アリスト教守護騎士のリーダー的な存在なのだろう。共闘してくれる気になってくれてよかったと心の底から思う。


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