超越

           *


 力天使カサレオンと戦悪魔ディプラリュランが死闘を繰り広げていると同時に、リリーは滅悪魔ディアボロと対峙していた。

 1人の人間が中位悪魔と同等に戦う。魅悪魔に取り憑かれ、潜在能力を引き出されているとは言え、そんなことができる実力の持ち主は彼女の他にはヘーゼン=ハイムくらいだろう。


「まったく……末恐ろしい少女だな」


 闇魔法使いは、素直に感嘆の声を漏らす。

 だからこそ、それに見合った経験をさせるべきだと考えた訳だが、アテが外れた。ここから先は、一歩でも手を間違えたら永劫幽閉される。


 アシュは戦闘の思考を、教育用から殲滅用に切り替えた。アリスト教徒たちはもちろん、リリーもシスも殺す。そう決断することで、取り得る戦略の幅を広げる。

 そうなってくると、最上手が常に一つ思い浮かぶ。


 中位悪魔2体との悪魔融合である。


 接近戦用の秘術、悪魔融合。その身に悪魔を宿すことによって、悪魔の超力を限界ギリギリまで引き出すアシュの新魔法である。

 圧倒的な火力をもって殲滅。魅悪魔に取り憑かれたリリーとは言えど、生身の肉体である。いくら、彼女と言えど勝てる道理はない。

 しかし、その決断をしようとすると、どうしても足がすくみ、背中から汗が噴き出る。


「ぐっ……はぁ……はぁ……」


 アシュは自身の胸を押さえてうずくまる。アレは、自身にも相応の覚悟がいる。一体の下位悪魔ですら、融合するのに死を超えるほどの苦痛を伴う。前回、その苦痛を知ってしまったが故に、融合前の恐怖が尋常ではない。


「……ぐっ……はぁ……はぁ……動機がいるな」


 息が苦しい。痛みを受け入れる覚悟ができない。この手が正真正銘最強の手であることは間違いない。頭では、これが最善手であることはわかっている。

 でも、できない。ましてや、リリーやシスを殺すために、その痛みを伴うのには、心が納得いっていない。


 アシュは首を大きく振って、再び思考を切り替える。


 


 しかし、その瞬間、闇魔法使いは彼女の迂闊さに舌打ちをする。魅悪魔オイリエットに、簡単に取り憑かれるなど、注意力が散漫な証拠だ。仮に、師のヘーゼンであったのなら、そんな愚行は犯さない。むしろ、この状況を利用し自分を倒そうとしてくるだろう。


 そんな未熟なリリー=シュバルツに、その価値があるか。


 生徒の成長は、どんな道を歩むかである。なにを経験するのかである。才能など、有って当たり前。例え、ヘーゼン=ハイムと同等の才能があっても、この三百年という長きに渡り、第2のヘーゼン=ハイムは現れなかった。


 才能というのは、大事にすると駄目になる。温室で育てられた蕾は、野生よりも弱く小さい花が咲く。極寒の大地に無造作に投げ捨て、可能性の小さな極限をくぐり抜けた花が生き残る可能性など、ほとんどないだろう。


「……」


 その時、リリーの瞳と視線が交差した。すでに、彼女の瞳は燃えさかるような紅をしている。しかし、そんな中、アシュの思考にノイズが走る。

 何かがおかしい。それが、いったい何かがわからないが、見落としている気がする。


 悪魔融合さえ完成させれば勝利は盤石。


 たとえ、アリスト教守護騎士が束になってかかっても。13使徒がロイドを倒しても。力天使を操っているセナでも。大司教ランスロットでも。たとえ、テスラが復活しても。


 シスがミラを倒しても。


 魅悪魔に取り憑かれたリリーでも。


 全盛期のヘーゼン=ハイムでも。


「……」


 しかし。


 それすらも乗り越えて見せたらなら。


 いや……


「乗り越えて見せなさい」


 誰に聞かせるでもなく。


 アシュは微笑む、つぶやく。


 そして、


「ディアブロ、リプラリュラン」


 二匹の悪魔に呼びかける。滅悪魔、戦悪魔が互いに歪んだ笑みを浮かべ、高速でアシュの元へと飛翔する。彼らは嬉々として、その獰猛な牙を契約者の身体に突き立てる。半身を滅悪魔が、もう半身を超悪魔が、喰らう。絶命するほどの痛みを超え、アシュは二体の悪魔の頭を抱きしめる。


<<悪魔をその身に宿し 神すら喰らう 凶魔を我が手に>>


 瞬間、悪魔たちとアシュの間に闇が包んだ。やがて、そこにはアシュ1人がその場に立っていた。それは、まるで悪魔のような姿で。その皮膚もまた黒く変色し、圧倒的な殺意がアシュに湧き上がってくる。


「グギギギッ……グギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギ―――――! ッはぁ……はぁ……はぁ……じゃあ、始め……ようか?」


 悪魔と化した闇魔法使いは。


 黒い血を流しながら。


 狂気的な瞳を向けながら。









 歪んだ表情で嗤った。

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