最高傑作


         *


 一方でミラと対峙しているシスは、額から血を流し、激しく息をきらしていた。辛うじて致命傷には至っていない。

 しかし、身体はすでにボロボロ。有能執事はそのメイド服に汚れすらついておらず、息もきらしていない(人形なので当然だが)。


 周囲を見渡すと、数人のアリスト教守護騎士が横たわっている。先ほどまでよりも苛烈果敢に責め立てる彼らと同調して戦っているが、傷を負うのは自分たちだけである。


「くっ……」


 強い。普段の戦闘で、いかに彼女が手加減をしてくれていたかがわかった。当然、1人では太刀打ちできないことは知っていた。それでも、アリスト教守護騎士たちと攻めれば倒せると思っていた。突破できると思っていた。


「なぜ、これほどまでに――と思われていますか?」

「……」


 心を読まれ、シスはビクッと身体を震わせる。


「不本意過ぎながら、私の行動は主人を守るためのものです。戦闘は勝つためのものではなく、危害を加えさせないようにするもの。日常的に圧倒的足手まといのアシュ様を守るため、私の注意力は常時、背後に3割ほどを費やします」


 その言葉を聞いたとき、シスは思わず身震いをした。それでは、先ほどの攻防は、7割の力でしか戦っていないということではないか。

 しかし、なぜアシュへの警戒が必要なくなったのか。なぜ……なぜ……


「滅悪魔と戦悪魔……」


 そうだ。アシュが2体の中位悪魔を召喚した時から、明らかにミラの動きが変わったのだ。

 それは、あの闇魔法使いが本気で戦う気になったことの証。彼女の援護など必要ないほどの戦力を備えた時、ミラも守護という呪縛から解き放たれる。


 アシュ=ダールの、生涯の最高傑作は、ミラである。


 実は、大陸魔法協会最優秀賞を最年少である30代の若さで取った(偽名で)。禁忌の館の棚に、国際的規模の賞や盾がいくつも陳列されている。滅悪魔、戦悪魔、2体の中位悪魔の召喚に唯一成功した。大陸の農地革命に一役買った。


 うんぬん。


 彼は自慢話になると限りなく長いのだが、必ず最後はこう結ぶ。『僕の最高傑作はこのミラである』と。言われた本人は、『限りなく、不本意で、悲しく、迷惑なお話ですが』と答えるが、シス自身は勝手に照れているのだと笑ったものだ。


 アシュのミラに対しての愛情がそう発言させるのだと。


 しかし、今になってそれを思い出してみると、それはその言葉のままの意味だったのではないのだろうか。容姿端麗。頭脳明晰。性格最高。それに加え、アリスト教守護騎士が束になって掛かっても、対抗しうる近接格闘能力。光魔法も闇魔法も巧みに操ることができる。


 そして、その次元自体が人を超越するほどの実力を持つほどの。


「……アシュ=ダールと戦う者は、常に私が前に立つことになります。シス様、あなたに私が倒せますか?」

「……」


 アシュという魔法使いが特異なのは、他者の実力に著しく依存するという点だ。あれだけの実力を持っているにも関わらず、戦闘を極力忌み嫌い、自分を守るための戦力を保有することでその強さを盤石なものとしてきた。


 それは、言葉通りの意味だ。アシュを倒そうとする者は、必ず目の前の最強執事を攻略しなければいけない。ある意味では、主人よりも遙かに強いミラという女性を。


「シス様……今からでも遅くありません。逃げてください」

「はぁ……はぁ……フフ、なににですか?」


  蒼色髪の美少女はそう笑う。なにに? それは、純粋に出た疑問だった。

 ミラから? アシュから? ……死から?

  思えば、随分逃げてきた。もう、自分のことに対してなんの妥協もしたくない。


「……シス様はリリー様が心配ではないのですか?」

「無駄ですよ。そちらに神経を割こうとしても。そちらこそ、アシュ先生が心配じゃないんですか?」

「むしろ、心の底から死ねばいいと思っております」

「フフフ……冗談ばっか」

「……」


 口ではそんなことを言っておいて、ミラは常にアシュの気を配っていることを知っている。今の発言も、こちらの戦闘に集中できていない証拠だ。

 シスは、心優しき執事の攻略に対し、一筋の光明が見えたような気がした。



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