セナ
*
セナという男は、元13使徒の中でも、最も若く有能な魔法使いだった。大聖女であるテスラが運営する孤児院で生活をしていたが、ある時、サモン大司教にその才を見いだされた。
幼少から両親を失った彼にとって、時折見せるサモン大司教の優しい表情が好きだった。父親のように……いや、父親以上に敬愛していた。
彼はサモン大司教の期待に応えようと努力してきたし、実際、周囲からはそう評価されていた。
「サモン大司教のためならば、命すら捨てよう」
これは、セナが13使徒のリーダーに就任した時の言葉だった。自らがそう語った発言は、『生涯裏切ることはない』……友と誓い合ったあの日々は、現実としてその事態に陥った時、どれだけ軽く、はかないものだったのだと思い知った。
自分自身の弱さに、彼自身が一番失望していた。
あの場にいる者はもう誰もいない。自分の羞恥を知るものは誰も。セナは唯一の生き残りとして、テスラの元に帰った時も、自分自身を偽った。大まかに事実のみを伝え、自分だけが命大事さに逃げた事実を偽った。
誰も、その事実を、知らないのだから。
……1人の闇魔法使いを除いては。
テスラの前で事実を暴露され、自身にまた罪悪が募った。他の人に命を捨てることを強要しながら、命惜しさに逃げる臆病者。事実から目を背けて、偽りの被害者を演じる卑怯者。
しかし、それでも『あなたは悪くない』と語る大聖女に……ありがたいと思いつつも……いっそ、責め立てて欲しかった。自分を非難し、罵倒し、罪を与えて欲しかった。
そして……そこに闇が近づいてきた。
*
「ククク……随分と簡単に立ち直ったものだね。テスラ君はもう死んでしまったんじゃないかい? サモン大司教と同じように、君が殺して。それだけの罪を犯したのに、よくぞ彼らの前に立てるものだ」
「……罪を犯したことのない者はいない」
セナは答え、力天使を戦悪魔に対峙させる。上空で繰り広げられる両者の攻防は壮絶だった。カサレオンが猛烈に聖剣を振るい、ディプラリュランも魔剣で応戦する。互いに同位の天使と悪魔。基本的なスペックとしては、互いに同程度の実力である。
しかし、数分ほど経過し、徐々に戦悪魔が状況を有利に進めていく。
「くっ……」
「ククク……中位天使を携えれば、僕に勝てるとでも?」
アシュはそれでも、余裕の表情を崩さない。
両者の中で明らかに異なる点があった。当然13使徒はアリスト教の中でも上位に位置する戦闘特化の集団であり、セナは中でも特に優秀な魔法使いだ。
しかし、目の前にいる闇魔法使いは別格である。
性格は腐りきっているが、史上でも最強を冠する者たちと歴戦を繰り広げてきた正真正銘の本物。召喚魔法は操作者の状態に大きく依存するとすれば、力天使が戦悪魔に勝てる道理はなかった。
「さて……そろそろ、決着をつけさせ――」
<<聖獣よ 闇獣よ 双壁をなし 万物を滅せ>>ーー
アシュがそう言いかけた時、聖闇魔法が滅悪魔の腕に直撃した。一瞬にして、その片腕は消滅し、滅悪魔はうめき声を上げる。
放った張本人であるリリーは、愉快そうに笑った。
「ホホホ……天使との共闘か。これほどまでに奇異な事態は味わったことがない。面白い因果に出会ったものじゃ」
「まったく……君も節操がないね。本来、絶対的に敵対する天使と馴れ合うつもりだなんて、君は本当に悪魔かい?」
「無駄じゃ。我が天使と敵対すれば、次には我を潰すつもりじゃろう? 貴様とは組めんよ」
「……」
図星。圧倒的な図星。正直なところを言えば、ミラとシスと戦い、ロイドがアリスト教守護騎士たちとの戦いで身動きが取れない今、戦力的に圧倒的優位とは言いがたい。加えて、戦悪魔が力天使と拮抗すれば、状況としてはほぼ互角。
「……気がつけば、全員敵」
アシュが寂しそうにボソッと小さな声でつぶやき。
「……耳が腐るのでやめてもらえますか?」
ミラは小声で嘆願した。
耳がいいので聞こえた。聞こえてしまった。これ以上ないくらいに自業自得の、誰も同情もしないし、哀れんだりもしない、空しいつぶやきを。聞く価値マイナスの、むしろ耳が腐敗するがごとくの妄言を、聞かざるを得なかった。
そして。
「……気がつけば、全員敵」
もう一度、懲りずにアシュが大きめにつぶやき。
「「「「……」」」」
知らねえ、とその場にいる全員が思った。
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