なぜ……


 信者に連れてこられたセナは、怯えていた。裏切り。裏切り。裏切り。裏切り。もはや、数え切れないほどの罪を犯し、あがなうことすらできぬことに苦しむ。そして、その苦しみを味わう痛みに恐怖する自分に失望していた。


「……」


 そんな彼に。


 テスラはフッと懐かしげに微笑み、彼の頬に手を当てる。


「……私も、経験があります。かつて、一番愛している人を……私は裏切った。自分勝手とはわかっていても……辛いもの……ですよね」

「……」


 テスラの言葉に、セナはハッと彼女を見る。


「愛する人を……裏切る方がつらい。そんなものは……裏切った者の……勝手な……わかって……いるのだけど……」

「……」


 初めてだった。大聖女というのは、自分のような卑屈で汚い人間とは違うと思っていた。どこまでも神に近く、人並みはじれた慈愛の心を持つ者であると。


「なんでだろうな……アシュ=ダールを……彼を見ていると、私は……懐かしい気持ちになります。勝手ですよね……私が……彼を裏切ったのに」

「……」


 朦朧としながらも、テスラはどこか楽しげに話をする。まるで、愛する恋人と待ち合わせをしているような。まるで、決して戻ることのない光景を思い出しているかのような。

 その時、彼女の口から血が吹き出る。


「テスラ様……もう、話すのは……」

「セナ……これを……」


 金髪の美女は彼の右手に手のひらを添える。すると、セナの手のひらに白い光が灯る。それは、どこまでも暖かく、神々しい光。激しく、淡く、強く、はかない光。

 罪深き従者は全身が何かに包まれているような安息を感じた。


「これは……」


 天使譲渡。元々は13使徒の1人。彼には魔法使いとしての素質は高い。テスラは、セナに自身最高の戦力を預けた。

 ランスロットではない。他の側近たちでも、アリスト守護騎士でもない。彼女自身が、最も罪深く、弱く……悲しいアリスト教徒を選んだ。



「……不思議ですね。サモンが……なぜあなたに託したのか……私にはわかる気がするのです。死を覚悟して……あなたに、預けたの……でしょう?」

「……」


 セナは、かつて、同じように握られた手のひらを見た。サモン大司教の優しさ。強さ……弱さ。自身の罪の深さに、随分と忘れていたような気がする。


 この力があれば、なにをすることもできる。この場にいるアリスト教徒を皆殺しにすることも、魅悪魔に取り憑かれたリリーを倒すことも……アシュ=ダールに対抗することも。


 自身を破滅に導くことも。


「私は……あなたに謝らなければいけません……私は、あなたに苦しむことを与えませんでした。それが、あなたにとって……辛いことであると、私は薄々……気づいていたのかもしれません」

「……テスラ様」

「罪悪に苦しむという行為は……ある意味では救いにもなり得ます。それは……自身の心を軽くする行為でもあるのです」

「……」

「なにが……言いたいか、わかり……ますか?」

「……はい」

「そう……では、私は少し……寝ます。後は……頼みまし……」


 テスラはそのまま瞳を閉じ、手のひらは力なく崩れ落ちた。セナは、彼女の手をそっと地面に下ろし、アシュの方を向いた。

 罪深き従者は、白髪の闇魔法使いに対峙した。


「……なんだね? 君はまだいたのかね」

「……」


 その鋭い瞳を、セナは初めて見たような気がした。人というものはなんと罪深いものなのだろう。なんと業が深いものなのだろう。なんと悲しいものなのだろう。

 目の前に立つ男を見ながら、怒りは湧いてこなかった。ただ、止めどない哀しみだけが胸に突き上げ、一筋の涙を流す。


 その時、再び力天使が召喚された。セナは莫大な魔力を吸い取られる。もはや、立ち上がることすらできないほどだった。


 でも。


 なぜだろう。


 なぜか、サモンが笑いかけたような気がした。そんなはずはない。彼は志半ばで死んでいった。目的を達成できず、後悔しながらこの世を去った。


 でも……


「ククク……テスラが君に託したのか? 懲りない大聖女様だ。いいかい? 君はもっともっと苦しむ必要がある。もっと……もっと……僕がなにを言いたいか、わかるかい?」

「……ああ」


 セナはアシュの声に頷いた。その真っ直ぐな瞳をもって。


「アシュ=ダール……貴様を……倒す」


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