冗談


 ランスロットの言葉に、アシュは黙って笑顔を浮かべる。


「……寝言を言ってるのかな?」

「討論は終わりました。ああ、あなた方の勝ちでよいですよ」


 大司教はそう答えて、手を掲げる。すると、瞬く間に騎士が周囲を埋め尽くす。白銀の軽鎧をまとった屈強な男たち。

 アシュは心の中で舌打ちをした。彼らには、嫌な思い出しかない。百年以上前から追い回され、かき回され、その因縁は深い。


「……守護騎士か。また、厄介なものを連れてきたね」


 アリスト教徒の中でも、最も強い戦士たちを選抜した集団。かつて、ともに戦い、敵対し、死闘を繰り広げた者たちもいた。ハッキリ言って強さは破格級である。


 計算違いだった。アリスト守護騎士の大半は、東の異宗教討伐に向かっている最中だと聞いていた。それもあって、今回の正面突破というカッコつけを演じた訳だが。


「ミラ、情報戦の敗北は、戦闘の敗北だよ。なぜ、彼らの所在情報を誤った?」

「アシュ様が情報収集の比率を、『過激なデートスポット』に重きを置くよう指示なさったので」

「……まあ、いい。今は反省会をしてる場合ではないな」


 都合の悪いことは後回し。自業自得を、自業自得と認めない、完全ヤバめ魔法使い。そんな彼をジト目で眺めながら、有能執事は心の中でため息をついた。

 余談ではあるが、最近大陸各地のデートスポットに不気味な鴉が集まっているという不可思議な事件が起きているという。


 しかし、情報戦での勝利は、ランスロットの策略でもあった。ヘーゼンが死に、アシュの警戒心がユルユルだったこともあったが、仮に万全であってもこの事態を防げたかどうかは疑問である。


 その策は、ランスロットが大司教に就任してから行われていた。一切の情報を封鎖し、仮の守護騎士団を創りあげる。

 異教徒たちとの戦は『聖戦』と呼ばれるものだ。当然、敗北は許されない。今回の戦も、守護騎士でなくば勝てぬものだったが、ランスロットのその戦を捨てた。


 アリスト教徒内で最重要と位置づける『聖戦』に負けることは求心力の低下を招く。下手をすれば、大司教の地位を追われるほどの失態。それほどの犠牲を払い、ランスロットは彼ら守護騎士をナルシャ国に配備していた。


「……しかし、この期に及んで武力制圧とはね。僕らは対話で解決しようと言うのに。平和集団が聞いて呆れる」

「私たちが目指すのは、完全なる平和です。それが、平和的に行かないのは歴史が証明している。我々が目指す道は綺麗事だけじゃ進めないんですよ」

「ククク……討論で勝てないから、『暴力で黙らせました』と言えばまだ可愛げもあるがね」

「道理など、所詮は人が作ったもの。神の意志の前では無力なものであると知りなさい」

「……僕の最も嫌悪する考え方だな」


 そう言い捨て。アシュはミラに指示して、疲弊しているリリーを背後に置く。さすがに使い過ぎて、意識がボーッとしているようだ。


「わ、私も闘います」

「……君はよくやった。少し休みたまえ」

「なっ……」


 リリーは耳を疑った。

 アシュが褒めた。あの、アシュ=ダールが褒めたのである。金髪美少女は最初、幻聴が聞こえたのかと思った。

 ああ、これはかなりの疲労だと思った矢先、


「わかるかい? 彼らは自分たちが口喧嘩で負け、逆ギレして殴りだす幼稚な子どもであると認めたんだ。いや、リリー君が認めさせた。多人数の中で、孤軍奮闘して彼らの偽善と傲慢と欺瞞を剥ぎ取った。君は勝った……僕の自慢の生徒だ」

「……っ」


 優しくリリーの頬をなで、アシュは微笑んだ。金髪美少女は、あまりの事態に、顔がリンゴのようになり、固まり、やがて意識を失った。

 白髪の魔法使いは少しの間、リリーを柔らかな表情で見つめていたが、やがて振り返って歪んだ笑顔を浮かべる。


「……さて、ここからは僕も本気で行くよ。僕は人を舐めるのは好きだが、舐められるのは嫌いでね……ああ、これは比喩表現で、実際には……ククククククク……ハハハハッ、ハハハハハハハハッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」















「アシュ様……おぞましい冗談ジョークはあなたの存在だけにしてもらえますか?」


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