挑発


 3日目。すでに、金髪美少女は3度声を枯らしており、それでも治癒魔法とアシュ特製の怪しげな注射で論客たちを論破していく。すでに、倒された人数は150を突破。彼らの中で進んで前に出る者はおらず、指名されて嫌々という感じである。


「ククク……さあ、もう僕に挑む者はいないのかな?」

「アシュ様、『リリー様に挑む者はいないのか』のお間違いじゃないでしょうか?」

「彼女は僕の教え子なんだからいいんだよ。リリー君の手柄は、僕の手柄。僕の手柄は、僕の手柄。かつて、師のヘーゼン先生にそう教わったがね」

「……」


 教え方が悪いのか、そもそもの性格が腐っていただけなのか。ミラは、性善説と性悪説について、もう一度勉強しようと思った。

 どちらにしろ性格最悪魔法使いは、得意げにランスロットを見つめる。


「さて、もうそろそろ、僕も飽きてきたよ。フィナーレにしないか?」

「……と言うことは、あなたたちの負けでいいのですか?」


 ランスロットの側近は、彼の言葉を代弁する。彼の表情は、もはや感情を消し去っている。事務的に感情を揺らさずに、ただ仕事と割り切って情報を伝達している。彼の側近は、まさしくそんな表情をしていた。


「ふっ……その厚顔無恥さは驚愕に値するがね。だが、君以外の全員は、そう思っていないみたいだよ?」

「……」


 ランスロットが周囲を見渡すと、論客たちは誰しもが下を向いている。もはや、ボロボロのリリーに論破されるのは恥辱そのもの。むしろ、『トップのお前が行けよ』と心の声が聞こえてくるようだ。


「もし、ここにいるのがサモン大司教であったら、どうだったかな?」

「……」


 ランスロットの瞳をえぐるように。アシュは、鋭い瞳で覗き込む。彼の得意技は解剖。それは、肉体だけに留まらない。彼の精神の鎧を一枚ずつ剥ぎ取って行き、崩壊させる。

 アシュはすでに勝利を確信し、無力な大司教を痛ぶりにかかる。


「君は、本当に彼の兄弟なのかな。違えば、違うものだ。サモン大司教ならば、自らが先頭に立ってリリー君などは容易に懐柔していただろう。ランスロット君……君が勝てる唯一の選択肢は、自らが戦闘に立って戦う事だけだったのに」

「……」


 彼を貶め、先代の大司教を賞賛する言葉に対してすら、ランスロットは沈黙を保ち続ける。そんな彼を前にして、アシュは心の中で失望した。今、話している言葉は彼の本心だった。

 病に侵され、自らの信念と狂気と愛を貫いたサモン大司教は、美しかった。


 目の前にいるランスロットは、大司教まで登りつめるのだから、優秀だ。だが、それは地位に見合った優秀さであり、決してそれを超えるものではない。


「凡才だな……君は世間から見れば聖者であり、天才なのかもしれない。だが、僕から見れば、それはただの聖者であり、ただの天才だ。側近に代弁させて、権威を装う? 涙ぐましい演出もご苦労なことだが、そんなことをサモン大司教がしたかな?」

「……」


 ランスロットに話しかけているように見えて、アシュは周囲に向かってアピールする。

 この魔法使いは、弱者が嫌いではない。強者も嫌いではない。ただ、弱者なのにもかかわらず、強者然とした輩は大嫌いである。


 サモン大司教は、すべての弱者を救うために生き、死んだ。それはアシュとは真逆だ。愛するひとりのために、世界すら滅亡させることも厭わない彼にとって、その信念は決して相入れるものではない。


 だが、それでも。アシュすらも凌駕するほどの力を持つために、命すらを燃やすほどの覚悟に、自分の魂を賭けて彼を否定しようとするぐらいに、この者になら殺されてもよいと思えるほどに、彼はサモン大司教のことを認めていた。


「いいかい? いい加減自覚しなよ。君は偽物だ」

「……」


 それでも言葉のひとつすら発さないランスロットに。アシュは大きくため息をついた。やはり血筋などアテにはならない。こんな愚物が彼の弟などと。


 そんな風に、彼に軽蔑の念を抱いてきた時。


 ランスロットは、ゆっくりと息を吐き、初めて声をあげた。








「アシュ=ダール……我々の勝ちだ」

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