ボードゲーム
「ふむ……どれにするか」
アシュは一度自室に戻り、棚を見つめた。口元には思わず笑みが溢れており、その選ぶ指先は踊っているように見えた。手に取っては、考えて、棚に戻し、また別のものを手に取っては、考えて、別のものを取り出す。
「ミラ、どのボードゲームがいいと思う?」
「そもそも、ボードゲームじゃない方がいいと思います」
キッパリと断言する執事に、「ふむ……」と考え込むような仕草を見せ、再び別のボードゲームを手に取るキチガイ魔法使い。どうやら、助言は聞き入れられなかったようだ。
シネバイイノニ、とミラは思った。
命からがら救われたリリーとシスは、もちろんそれどころではないし、恩人であるテスラのことも心配だろう。そして、何よりも敵であるタリアは、連日口説きという名の精神攻撃を受け続けている。こんな不安定な3人を前に、何故かアシュの脳裏に浮かんだのはお家パーティー。
あまりにも価値観が異なっていた。アシュの中では、同僚の危険よりも、教え子の危機よりも、デートよりも、ボードゲーム。3人の女子が家に来るなどと言った経験が未だかつてないので、この機会を逃したら今度は数百年間は機会がない。
「……罰ゲームはつけた方がいいかな?」
「彼女たちの精神状態が心配なので、やめて頂けると助かります」
「いや、罰ゲームと言っても簡単なものだよ? 逆立ちとか、その場をクルクルと回るだとか、その程度だよ?」
「なお、怖いです」
明らかにタリアの精神がもたないだろう。そもそも彼女は、連日続く意味不明な食事会に心を痛めている。その上、逆立ちとか、クルクル回れた言われた日には、意味不明過ぎて立ち直れないんじゃないだろうか。しかし、そんなミラの心配が届くはずもなく、アシュは自身が最も気に入っているボードゲームを取り出した。
「じゃあ、今から彼女たちを呼んでくれるかい?」
「2人とのクタクタに疲れていらっしゃいすので、明日にすればいかがですか?」
「ククク……ミラ、君はボードゲームというものをわかってないな。ハッキリ言って、早朝やるものじゃないんだよ。深夜、もしくは旅の途中。やる時間帯によってテンションも異なる」
まるっきり人の気持ちをわかっていないアシュに指摘され、ぶん殴りたい気分のミラだったが、『ご主人様の命令はゼッターイ』である。強制的王様ゲーム状態の執事は、瞬く間に3人を集めた。明らかに戸惑っているのはリリーとシス。そして、明らかに病み始めているのはタリア。
「な、何ですかいきなり?」
質問したのはリリーだった。机に並べられているボードがなんであるのかが、まったく理解できない。ただでさえ、敵と食事をしているだけで気に入らないのに、なんなんだ。一体なんなんだと不満たっぷりな金髪美少女である。
「これがお金だ」
「……偽物じゃないですか?」
「なぜ、本物のお金を君に渡さねばいけない?」
「……」
わからない。目の前の闇魔法使いの考えていることがまったく。しかし、そんな戸惑いなど関係なく、アシュは着々と机毎にボードゲーム用のお札を配っていく。
「これはなんですか?」
「ああ、これは失礼した。ルールがわからなかったんだね。デルサホ地方で買った『ハンガリーの憂鬱』。タラリー王家の貴族が、社交カードとお金を駆使してどれだけ多くの貴族を味方につけるかを競うボードゲームだよ」
「ボ、ボードゲーム?」
「そうだよ」
「……ちょっと、整理させてください。アシュ先生……あなたはテスラ先生が危機に陥っているにも関わらず、ここでボードゲームを楽しめと言うんですか?」
「そうだよ」
「……」
「……」
「……」
・・・
「ふざけるなーーーーーーーーーーーー!」
「ああああああっ!」
机がひっくり返された。
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