失望


 ショボン。


 舞い散るお札(偽物)。宙に舞う人形。ひっくり返るボード。その光景に、思わず声をあげて、地に置いたそれらを眺めながらショボンとしている闇魔法使い。どんな時も不敵に余裕にへこたれない彼が、メチャクチャ肩を落としてショボンとしている。


 見たことない。こんなうなだれたアシュは、今まで見たことない。


 机をひっくり返したリリーも、さすがに動揺した。どんなに罵倒されても、傷つけられても、殺されかけても、まったくと言っていいほど不動心であったこの男が。今、一心に地面を見ながら、愛おしそうにボードゲームの人形を拾っているのだ。


「あ、あの……アシュ先生?」

「……」


 む、無視。完全にすねている。面倒くさいことに、なにも言わずにこれ見よがしにため息をついて、執事のミラに片付けるよう指示をだしている。決して、激高したり、罵詈雑言を浴びせたり、殴りかかったりしない、ネチネチした面倒くさい怒りかたである。


「せ、先生が悪いんじゃないですか。わ、私は悪くないですから」

「……」


 な、なんかしゃべれよ。その場にいる4人は思った。雰囲気としては最悪。本当だったら、誘拐されたテスラの救出計画を練りたかったのだが、この空気感にすごくいたたまれない状態になっている。普段落ち込むことなど考えられないアシュが落ち込むことなど正直予想していない2人だった。


「リリー様、シス様、タリア様。アシュ様のことは放っておいて構いません。一旦、退出してくださいませ」

「で、でも……」

「こうなったら、この方は長いです。仕方ありません。どこに心の琴線があるか全くわからないにも関わらず、無駄にデリケートな神経をお持ちですから」


 一方、長年彼の執事を務めてるミラは落ち着いたものだった。彼女は、どちらかというとプライベートの主人を見ている。周囲が思うほど、彼は強心臓ではないことは彼女自身がよく知るところだった。と言うより、寂しがり屋なくせに孤独が好き。かまってちゃんでいて、1人が好き。友達が欲しいのに、友達づきあいをゴミだと斬り捨てる。


 そう……彼は絶望的な情緒をしていた。


 そして、ミラのことをアシュより一億倍信頼している2人は退出後に、すぐさま切り替えてタリアの方を見た。どちらかというと、アシュ(番外編)よりも彼女(本編)の方が重要だ。なぜ、彼女がここにいるのか。昨日まで戦っていた彼女が、なぜここでアシュに囚われているのか。


「あなたは、なぜこんなところに?」

「そ、それは私が聞きたいわ。なんなのよ、あの闇魔法使いは? マジでヤバいわよ、あいつ。なんとか、ここから抜け出さない?」


 と敵にも関わらず、愛する恋人に会ったかのようにすがりつかれるリリーとシス。どうやら、すでに戦闘の意思はなく、ただアシュという存在に恐怖を植え付けられているようだ。リリーは深く同意の意を示したが、シスは『誤解ですよ』と笑顔を浮かべた。


「私たちは別に帰ろうと思えば帰れますけど。アシュ先生の生徒ですし」

「……正気?」


 シスの答えに、タリアは彼女の脳みそを疑った。あの闇魔法使いが教師? あの永劫に続くと思われた恐怖の時間(ディナー)。それを、進んで師事する彼女たちの精神状態を心底疑う痩せ型美女。


「それより、テスラ先生がさらわれてしまったんですが、どこに監禁されているか心当たりはないですか?」

「……ああ、聖女様ね。と言うことは、任務は半分は成功ということかしら」


 どうやら、シスは餌として使われていたらしい。元々、一筋縄ではいくと思っていなかったとのこと。まずは、アシュかテスラの動きを封じた後、その上でシスを捕らえるという作戦だったらしい。それでも、シスとリリーの強さは予想外だったし、アシュが全然助けに来ないことも予想外だったらしい。


「……結構、素直に話してくださいますね」

「一刻も早く、私はここを出たいの。最悪出れなくても、一緒にいて。もう、アイツと二人っきりでいるのは、私の心が持たないの」

「……」


 シスはタリアの言葉を聞きながら、『アシュ先生って、やっぱり誤解されちゃう人なんですね』とつぶやいた。




 


 


 


 


 

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