聖魔法使い
「見つけたぞ!」
その時、アリスト教信者の一人が大きな声をあげる。それと共に、集まってくる群衆。リリーとシスは反対側へと走り出すが、すでにそちらにも人々はいた。
「くっ……」
思わず、聖闇魔法を放つ衝動に駆られる。そうすれば、逃げることなど容易だろう。いや、他の魔法でもいい。相手は自分たちの生死に関係なく襲ってきている。自分がそうしていけない理屈はない。
「リリー、駄目よ」
「でも、このままじゃシスが――」
<<雷の徴よその切なる怒りを地を這いし者へ示せ>>ーー
「し、しまった」
一瞬の油断。半端な躊躇。敵側は群衆の中に手練れを紛れ込ませていた。無数に発生した雷の塊が襲いかかる。複数のそれは、魔法壁でしか防ぐことができないが、すでにそれを張る時間はない。
<<土塊よ 絶壁となりて 我が身を守れ>>ーー
直撃を覚悟し防御を固めた時、他方から二人の前に魔法壁が発生した。見事なほどに洗練された土壁は、すべての雷の塊を防いだ。
ポカンと二人が立ち尽くす中、颯爽と一人の女性が歩いてきた。白のローブを被り、顔を包帯で覆っている女。
「申し訳ありません。顔を見せてしまうと、さすがに信者たちが動揺してしまいますので」
「て、テスラ先生ですか」
シスが小声でつぶやく。
「ええ」
「た、助けに来てくれたのですか?」
「いえ、どちらかと言うと、信者たちを守る方が目的でです。あなたたちの力は強すぎる。しかし、それは杞憂であったようです」
「せ、先生」
「殺すという選択をすることは、力を持つあなたたちにはすごく簡単なことです。しかし、だからと言って安易にその選択をしないあなたたちを誇りに思います」
テスラは二人の頬にソッと手のひらを添える。
「「……」」
好き、と同性ながらに感じる。
「でも……アシュ先生には怒られそうです。私たちには殺す覚悟を持っていないだけだって」
リリーはためらいがちにつぶやく。思考的に、彼女は闇魔法使いの思考に寄っている。
「……いえ。あの方ならば、こう言うでしょうね。『この程度のことで、苦戦するなど論外だ』と」
テスラは、そう言って詠唱を始める。
「な、なにをやっている!? 早く、攻撃を――」
<<風よ その揺らめきとともに 果てなき 眠りを>>ーー
「ぜ、全体風魔法」
その流れるような
「魔法とは、必ずしも強敵を倒すためにあるのではありません。あくまで自身の身を守るためのものでもあり、その目的にと考えればこれらの魔法は習得しておくべきでしたね」
「……っ」
優しくも厳しい言葉が金髪美少女の胸に響く。聖闇魔法。多属性魔法。より強敵を……アシュ=ダールを倒すための魔法習得に追われ、他の魔法をおろそかにしていたことを見透かされた。それは、ある意味では仕方のないことかもしれない。明確な目標を持つことが強くなることの近道だとすれば、あの闇魔法使いに効果的な魔法を模索することが彼女の強さを激烈に押し上げていた要因となっていたからだ。
「あの方も……アシュ=ダールもこの程度のことは容易でしょう。あなたたちが殺してしまうと危惧しているのは、上手く加減をする方法を学んでいないからです。他の効果的な魔法を学んでいないからです。確かに状態異常の魔法は上位者には効きませんが、それなりの実力差があれば効果的であることを覚えておいてください」
「……はい」
こともなげに言うが、決して容易なことではない。敵の中には手練れも混じっていた。それをいとも簡単に倒してしまう魔力はまさに怪物と呼ぶにふさわしい。それと、同時にリリーは自分の
「それに、リリーさんは彼を誤解していますよ。確かに、アシュ=ダールという男は最低です。性格が悪く、うぬぼれが強い。皮肉屋で、知ったかぶりで、自分の非を決して認めない、卑怯で、自己中心的で、デリカシーがなく、思い込みが強い、恐ろしいまでの変態です」
「「……」」
そ、そこまで言わなくてもと、二人は思った。
「しかし、なぜでしょうね。彼は決して『殺す覚悟を持て』とは言わないように思うのです。そして、それこそが、ヘーゼン=ハイムとの違いでしょうね。あの魔法使いは自分の目的のためなら、どこまでも非情になれる魔法使いでした。リリー=シュバルツ、あなたはどちらかと言えば、彼のようなタイプなのでしょう」
「……」
「やりたかったら、やればいい。やりたくなければ、やらなければいい。あなたたちが殺したくないと考えているのならば、それを仕方なく実行するという考えを彼は否定も肯定もしないと思います」
「……」
「もっと言えば……いえ、やめておきましょうか」
テスラはあえて、ほぼ間違いない推測を伏せた。数百年の時は、あの闇魔法使いの思考を完全に狂わせた。支離滅裂な行動。いつの時点かはわからないが、彼の倫理感は壊れている。確かに、やりたくなければ、彼はやらない。しかし、もうそんな感情も持ち合わせていないくらいに、アシュは人を殺し尽くしている。人を殺したくないという感情が寸分も湧かないくらいに。
その事実を、良くも悪くも彼中心の思考になってしまっている彼女たちに告げるのは酷な気がした。
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