躊躇


「こうもアッサリと罠に食いつくとは思わなかったよ」


 サンリザベス大聖堂で。アシュと同じく、水晶玉で顛末を眺めている、ランスロットはつぶやいた。


「しかし、よいのですか? 残りの6人もの12使徒を禁忌の館に送り込むなどと」


 剃髪された男が大司教に尋ねる。12使徒であるシンドゥ=ラーガ。


「逐次投入は下策中の下策だ。それなりの餌が必要だったのだから、最初の3人は仕方ない。しかし、残りは全力で行く。次にアシュ=ダールが助けに動いた時、彼は後悔することになるだろう」


 ランスロットはつぶやき、微笑を浮かべる。あえて、3人をさらわせることで、禁忌の館の場所を特定した。後は、12使徒を派遣してその結界を破るだけ。リリーとシスが再び危険に晒された時、闇魔法使いは助けに動くだろう。その時、残りの使徒たちで一気に彼の館を襲撃。という計画である。


 が、彼は気づいていない。もう、すでにアシュが罠にかかりすぎていて、今後指一本この戦いに関与する気がないことを。すでにエロ魔法使いの頭の中は、デート、デート、デート、である。


「……あなたは、恐ろしい方です」


 ゴクリとシンドゥが唾を飲む。


 余談ではあるが、リリーとシスが今後どうなろうと、まったくと言っていいほど動きのなかったアシュに対して6人の使徒たちは指示通り待機。最終的に、トボトボとサンリザベス大聖堂に帰還した彼らの後ろ姿を眺めるランスロットの背中は直視できなかったと、後年側近は語った。


          *


「はぁ……はぁ……」


 アシュが、12使徒である3人を連れ去った後も、戦闘は繰り広げられていた。最初は、突然消え去った強敵に、意味がわからずに目をぱちくりさせているリリーとシスだったが、深く思考する間もなく次の刺客が来た。そちらは、アリスト教のローブをまとった信者たちの大群。さすがに聖闇魔法をぶっ放す訳にもいかずに、逃げの一手を強いられた。


「ふぅ……」


 2人は一時的に路地裏に隠れて息をつく。実際、12使徒の3人を相手にしていた方が、まだマシだった。弱い敵の大群というのは、彼女たちにとっては実に厄介だった。それは、戦力的な問題ではなく倫理的な問題。魔物の類いならば、なにも考えずに全力で戦えば問題はない。しかし、相手は同じ人間である。


 人を殺したことがない。であるが故に、殺すための倫理的理由付けができない。『死んでも仕方ない』とリリーは思うが、彼女が下手に強力な魔法を使えば、簡単に死んでしまう。殺してしまう。という状況を作り出すことができないのだ。例えば、相手がアシュのような非道で強力な魔法使いであれば。自分の実力以上の者であれば、彼女は躊躇なく聖闇魔法をぶっ放すであろう。そこで、仮に死んだとしても、裁判で堂々と無罪を主張する。全力を尽くさねば、勝てなかったのだと。しかし、彼らは圧倒的な弱者である。


 そして、もう一人の蒼色髪に至っては論外である。基本的に殺すという思考を持たない。殺さずに勝つというその点、シスは相手よりも数段実力が上であらねばいけない。


 町の人間に頼るわけにもいかないことは、リリーもシスも重々承知だった。頼りになる知り合いは数人ほどいるが、ここは、アリスト教徒の町であり彼女たちを匿えば死刑は確実。自分たちが狙われているせいで、他人が被害に巻き込まれることを許せる2人ではなかった。


「……アシュ先生、見てるかな?」


 額に浮き出た汗を拭いながらシスが微笑む。


「はぁ!? 見てるわけないでしょう?」


「そう? 私は、いつも見守ってくれている気がするけど」


 そんな彼女の妄想はある意味では当たっている。実際、彼は見ていた。彼女の寝顔を。実際、彼は聞いていた。彼女がお風呂に入る飛沫音を。生徒の裸体を除かない理由を『想像力をかきたてられることによって、人は進化する』と変態魔法使いは隣の執事に語った。(聞いてもいないのに)


「……見てるんなら、ちょっとは助けてくださいよ」


 そんな風にぶー垂れるリリーも、精神的に結構参っている。大嫌いな教師に弱音を吐くくらいには。


 その光景を水晶玉で眺めていたランスロットは彼女たちの躊躇を未熟と捉える。目的のために手段を選ぶのは覚悟を持たぬからだと。自らの手を汚さねば、なにも手にすることができない。それをしないのは、単なる甘えだと。


 もし、アシュが水晶玉で彼女たちを見ていれば。彼は二人を見て微笑むだろう。批判も批評もせずに、ただ懐かしんだだろう。彼が同じくらいの時分に同じような想いを抱いたことを。


 その頃、彼はディナーに勤しんでいるので、この仮定はまったく無意味なのだが。

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