授業


 それは、逃亡より授業と呼ぶにゆさわしいかった。次々と現れるアリスト教信者に対して、大聖女はこともなげに魔法を躱し、いなし、眠らせてゆく。


「「……」」


 なんて、優しい魔法なんだろうと二人は思った。敵に対して、かすり傷すらつけることなく、眠らせていく。倒れる時にすら、風の補助魔法をつけて地面に強く叩きつけられないようにする。その倒し方も実に多彩だ。攻撃はほぼ単調な聖魔法にも関わらず、それぞれ異なった方法で、魔法で、防ぎ、倒していく。まるで、二人への課外授業かのように。


「リリーさん。シスさん。強さとは、なんですか?」


「「……」」


「難しいですか? しかし、あなたたちの中で思い浮かべた人はいるでしょう。その人は、どうですか?」


「へ……いや、何でもありません」


 反射的に『変態』と言いそうになった金髪美少女は、慌てて発言の自粛をする。こういうことじゃない、きっとこういうことじゃないとリリーは頭の中の強き人を打ち消す。だいたい、強さが変態って意味わかんない。しかし、どうしても頭によぎってしまう悩める美少女である。


「自分らしく生きられる人のことだと思います」


 一方で、蒼髪の美少女は、そのまっすぐな瞳で答える。


「う゛―――っ……迷わずに行動できる人のことだと思います」


 なんとか、迷いながら、金髪美少女も答える。


「そうですか……この問いに答えはありません。人が求める強さは各々の中にあるものなのだから。しかし、あなたたちの中で答えられるということは、それはあなたたちが強いと思っている人の『強さ』なのです」


「「……」」


「今はそれでいい。しかし、その強さはその人のもの。あなたたちにとって、それは言わば、借り物の強さです。私はあなたたちに、さまざまな人の強さを見て、感じて、考えて、自分たちだけの強さを導き出して欲しいと思っているのです」


 テスラは振り返って微笑を浮かべる。


「ちょ、調子に乗るな――――」


<<果てなき業火よ 幾千と 敵を滅せ>>ーー漆黒の大炎パラ・バルバス


「あ、あぶなっ……」


 リリーが叫んだ時、すでにテスラの背後に炎の極大魔法が襲いかかる。アリスト教徒の中でも、相当な手練れが混じっていたようだ。たちまち巨大な炎の塊が、テスラの存在を覆い隠す。


「ざ、ざまあ見ろ! はっはははっ! 調子に乗るからだ!」


「残念ですが、それでは私は倒せませんよ」


 テスラは、高笑いを浮かべる手練れの魔法使の背後にいた。そして、敵の肩をポンポンと叩くと、瞬く間に敵は崩れ落ちた。


「なっ……」


「魔法を使う方法は詠唱チャントシールだけではありません。こうして、相手の身体に直接触れることで、効果を発揮させることも可能です」


 アシュが以前授業で使用したものの上位互換。相手の中に直接魔力を流し込むというものだが、それでも相手の魔力の力量にも左右されるだろう。触れただけで相手を把握し、即座に適量の魔力を流し込む。とてもではないが、普通の魔法使いにはできない芸当だ。


「そ、それもありますけど……な、なんで? いつの間に敵の攻撃を躱してそこにいるんですか?」


「ああ……それは、簡単です。途中から幻を映し出してました。こんな感じで」


<<幻よ その身を変えて 愚者を欺け>>ーー幻影の己イル・イリュージョン


 テスラが唱えると、すぐさまもう一人のテスラが女神のような笑顔を浮かべた。幻影の己イル・イリュージョンは、幻影を作り出して対象を動かす魔法である。


「「……」」


 ぜ、全然簡単じゃないと、二人は思った。しかも、いつ発動したのかが全くわからなかった。恐らく敵に関知されないようにするためだろうが、それでも気づける気配すら感じなかった。さも、幻が敵の攻撃を防いだり、攻撃したように見せる。そのようなことが可能なことに、魔法というものの奥深さを見せつけられているような気がする。


 リリーとシスはかつてないほどの強さを目の当たりにしていた。もちろん、敵は強者ではない。しかし、ここまでレベル差があると、その圧倒的な強さが際立つ。彼女の魔法は、強く、しなやかで、優しい。


「さて……これからどうしましょうか」


 テスラはボソッとつぶやく。


「どういうことですか?」


「これは、おそらくは私を誘い出すための罠です。あるいはアシュ先生か。教え子の次の手はなんなのか? 優秀な弟子なので、正直言って大変だと思いますが」


 テスラは困った表情をして笑った。

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