観察


 禁忌の館の自室で、実に興味深そうに水晶玉を覗き込む闇魔法使い。そこには、シスとリリーの戦闘の様子が映っていた。


「シス君の成長はまったく著しいな」


 デルタ。ロイド。ライオール。ヘーゼン。数えきれないほどの天才を見てきたアシュにとって、彼女の存在がそれと比肩することを認めた。武闘歴は1年にも満たないにも関わらず、屈強な大男にもひるまない精神力。類まれな反射神経と判断力。ミラの攻撃をトレースし、真似することができる柔軟性。彼女には、祖先の戦士としての才を色濃く受け継いでいると言っていいだろう。魔法が使えない不能者だという逆境が、彼女にもたらしたのは不遇だけではなかった。


「持たざる者が持つ強さを彼女は身に着けることができた。それは、彼女に唯一無二の精神的な強さをもたらしている」


 これで、魔法が使えるようになれば、いずれミラすらも圧倒する逸材に育つかもしれない。


「ふむ……ところで、水晶玉には映像を記憶させる機能はないのかね?」


 アシュはミラに尋ねる。


「残念ながら、そのような機能は持ってません」


「なるほど。しかし、今ふと考えたのだが、今度はそれを開発してみるとしようか。書き物だけでなく、視覚で記録を残せることは人類にとって大きな発展につながる。ミラ、どう思う?」


「はい、非常によいお考えかと思います」


「ククク……些細なきっかけで大発明につなげられるのは、天才が天才たるゆえんだな。もし、これが大陸最優秀章を授与したらこのことについて述べるとしようか」


「……あの、アシュ様。一つよろしいですか?」


「なんだい?」


「さっきからシス様の太もものアングルが98パーセントの割合を占めているのですが、些細なきっかけと言うのは、彼女の太ももということでよろしいですか?」


「……僕はあくまで客観論を口にしただけだよ」


「……」


 嘘つけ、とミラはシンプルに思った。


「そもそも、彼ら3人は何者だね?」


「新たなアリスト教12使徒です。大柄な男性がサハンズ=バグ。スレンダーな女性タリア=ブリドー。小柄な男性がバッシュ=フブル」


「ふむ……タリア=ブリドーね」


 エロ魔法使いは、瞬時に男性二人の記憶を抹消した。彼の水晶玉のアングルに占められている残りの2パーセントは、まさしく彼女の胸と顔であった。


「彼らは、いずれもかなりの武闘派です」


「ふむ……そうだろうね。特に彼女、タリアという女性はかなりの実力者だと言っていい。通勤ルート、趣味、好物、好みのタイプ、色々と調査しなさい」


「あまり戦闘に関連のない事柄ばかりですが」


「……あくまで一例をあげただけだよ。些細なことまでくまなくという意味で言っただけだ」


「かしこまりました」


 嘘つけ、と有能執事は再び思った。


「しかし、彼らもなかなか大掛かりな舞台を用意してくれたものだ」


 アシュは愉快そうにダージリンティーを飲む。もともと、ナルシャ国はアリスト教徒が圧倒的な数を占めている。大司教であるランスロットにとっては、ひとつのエリアを意のままにすることなど思うがままだ。そんな中、餌がわざわざ敵地へやってきたのだから、今頃はほくそえんでいることだろう。


「救援は出さなくてもよろしいのですか?」


 中でも、この3人はかなり危険な相手だ。通常は、教徒の中でも信仰心の高い者から選ばれる。しかし、彼らに限っては手順が逆だ。まず、実力の高い者を大陸から募り、次に形だけアリスト教徒へと改宗させる。かつて、その手順を追った一人の闇魔法使いがロイドだった。彼ほどではないにしても、この3人はかなりの強敵だと見ていい。少なくとも死線をくぐりぬけた経験の少ない彼女たちにとっては、最悪死に至る場合もあるだろう。


「なぜ? あえて僕は彼女たちをあの場所に誘導したのに」


「……おっしゃっている意味がよくわかりませんが」


「ククク……リリー君の性格から見れば、彼女がそこに行くことなど必然じゃないか。そして、シス君の甘く、引っ込み思案な性格から、彼女が打ち明けられないことも」


「なぜそんなことをするんですか?」


 二人は、アシュのお気に入りであることは間違いない。下手をすれば死んでしまうような行為を敢えて誘導するなんて、理解に苦しむ。


「教育だよ」


「死を賭してまで、それをする価値はあるんですか?」


「あくまで僕はヘーゼン先生の教えに準じているだけだがね。彼女たちは逸材だよ。中途半端な魔法使いに育つなら、僕にとってはなんの価値もない。つまり、そう言うことだよ」


 アシュの目的は、自分以上の魔法使いを創り上げること。かつて、ヘーゼンがそうしたように。逸材だと認めるからこそ、彼女たちには試練を与える。才能は十分でも、中途半端な死線では、ヘーゼンなどには対抗できないのだから。


「なら、助けにはいかないと?」


「行くよ。彼女たちがボロボロになって、今にも死にそうになった時、颯爽と格好よく現れる。彼女たちが僕のことを好きになるように。まあ、その前に死んでしまうようであれば、代わりをまた探せばいい。逆に言えば、そこまで追い込むことができないような敵ならば、多少は彼らを支援しなさい」


「……かしこまりました」


 この最低魔法使いと、有能執事は三度心の中で思った。


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