死線
闇魔法使いが傍観を決め込んでいる間にも、戦闘は激しく繰り広げられている。彼の水晶玉には主にシスの太ももしか映ってはいないが、リリーもまた苦戦を強いられていた。凡庸な魔法使いならば二人くらい問題ではないが、目の前の相手はレベルが違う。
「バッシュ、あんたもっと気張りなさいよ」「……うるさい女だ」「はぁ!? 誰のこと言ってんの!?」「お前しかいないだろ、タリア」「くっ、こんの小太り男が」「痩せ女」「殺すわよ!」
ふざけた言い合いに、文句の一つもつけてやりたいが、現在のところそんな余裕は皆無である。単純な魔法使いとしての能力ならばリリーに勝てる者は少ない。しかし、相手は多彩かつ巧妙だ。いがみ合っているように見えて、コンビネーションも完璧。こちらが極大魔法を放とうとするタイミングで、効果的な妨害を入れてくる。対して、リリーの戦闘経験は、決して多くはない。アシュの授業そのものが研究寄りで構成されていたため、他のクラスより戦闘訓練自体減らされている傾向にあった。
<<火の存在を 敵に 示せ>>ーー
<<水の存在を 敵に 示せ>>ーー
<<木の存在を 敵に 示せ>>ーー
「くっ……」
<<絶氷よ 幾重にも重り 味方を護れ>>ーー
無数に飛んでくる
こんな時、リリーの脳内に思い浮かぶのは、アシュ=ダールだった。あの教師だったらどうするだろうか。
*
「強敵が現れた時にどうするか? ふむ……僕なら一時撤退を考えるね」
「逃げるってことですか?」
「まあ、無粋な言い方をすればそうだな。だが、あくまで一時だ。その後に、相手が僕に攻撃できぬ場所で、僕に挑んだことを後悔するくらい痛ぶってやるがね」
「な、なんでそんな卑怯なことを堂々と言えるんですか?」
「僕は君みたいな凶暴な野蛮人とは違って、戦闘行為が嫌いでね。力比べには興味がないんだ。まあ、僕の師であるヘーゼン=ハイムであったら戦闘中に攻略法を見つけて戦うだろうな。仮に魔力が数段強い者が現れても、難なく勝てるほどの瞬発的思考を持っている」
「そ、そんなに強いんですか?」
「化け物だよ。実際、彼よりも強い者を想定することは難しいが、まったくいないわけでもなかっただろう。だが、彼は生き残った。つまりは、そういうことだ。上位悪魔以上と対峙した時でさえ、彼は最終的に勝ってみせたよ」
「……」
「ライオール=セルゲイであったら、そもそも戦うという選択を起こさせないようにする。その点、あの好々爺は老獪だな。僕も見習って何度もそうしようと試みたが、すべて失敗に終わったよ」
「……でしょうね」
「さて、君ならどうするかね?」
*
以前の会話をトレースしながら、『逃げる』という選択肢が脳内に浮かぶ。だが、この場合はその選択をすること自体が難しい。ただでさえ、数的有利を作られている状況。
「まったく……使えないんだから」
勝手に脳内に出現させておいて、勝手に愚痴る彼女であったが、お陰で幾分か冷静にはなった。彼女が採用したのは、ヘーゼンの思考。どこかで聖闇魔法を入れないと勝機はないと考えていたが、先手を取られた状況では不可能。
<<水の存在を 敵に 示せ>>ーー
<<水の存在を 敵に 示せ>>ーー
<<水の存在を 敵に 示せ>>ーー
<<水の存在を 敵に 示せ>>ーー
「はぁ!?」
タリアは思わず奇声をあげる。リリーは一度に4つの
しかし、放たれたそれは、あさっての報告へと舞い2人のもとへは届かなかった。
「愚かだな」
バッシュという魔法使いはほくそ笑んだ。まるで、連弩のごとく放たれるそれは、正しく扱えれば確かに脅威だ。しかし、単一属性で命中率もない。明らかな訓練不足。これでは、戦闘では使えない。明らかな失敗であると彼は確信した。
「くっ……」
<<黎明よ 深淵の者に 善なる光を>>ーー
光の専属魔法で、相手の視界を奪う高等魔法。リリーが続けざま選択した魔法は、それだった。
「甘い!」
<<土塊よ 絶壁となりて 我が身を守れ>>ーー
タリアが即座に土の壁を張って、光を遮断。バッシュが反撃を加えようとした時、
「ぐああああああああああっ」「きゃあああああああ」
焼け付くような光が、二人を捉えた。
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