激闘

「はぁ……はぁ……」


 自分は守られていた。シスは目の前にいる強敵と対峙しながら思った。ホグナー魔法学校という場所では、彼らのような危険な3人には出会わない。それは恐らく理事長であるライオールが、生徒たちを守っていてくれるからなのだろう。


 では、ずっとホグナー魔法学校にこもっていればよかったのか? その自問を彼女は明確に否定する。それは、きっと正解じゃない。少なくとも、アシュ=ダールが求める正解ではない。一生引き篭もって、誰かに守られるだけの生き方はしたくない。もう、したくないのだから。


「ふふっ」


 シスは笑った。こんな時に思い浮かぶのが、いつだってあの人のことであることに、突然おかしくなってしまった。


「なにがおかしい?」


「さあ」


 自分でもわからない感情を、彼女は楽しんでいた。魔法耐性のないシスは、柔らかく華奢な身体で攻撃をかわすしかない。一度でも攻撃を喰らえば致命的。リリーもまた、他の2人を相手に苦戦している。頼れる者は誰一人としてない。でも……『この苦難を楽しみなさい』、あの人が私の姿を見れば、恐らくこう言うのではないだろうか。


「よく笑えるもんだな。俺にはお前の置かれてる境遇が不憫でしょうがないがね」


「そう? 私はここであなたを倒す。不憫なのはあなただと思うけれど」


「……いい度胸だ。その強がりがいつまで続くかーー「このロリコンサハンズ! 遊んでないでサッサとやりなさいよ!」


「るせえタリアババア! お前の方こそ2対1なんだからさっさと片付けろよ!」


 なるほど、大男がサハンズという名前で、痩せた女がタリアか。脳内で彼の名前を巡らすが、思い浮かぶものはない。そして、シスは彼らが罵倒しあっている最中に、栄光の手ハンズ・オブ・グローリーを装着した。これは、不能者である彼女のためにアシュが作った魔拳である。見たところ、大男は同じく不能者である。いくら頑強な肉体をまとっていても、魔法の耐性がなければ、ダメージを与えられるはずだ。


「うおっ、いつのまに!?」


「……」


 かなり隙だらけだった。相手は紛れもなく敵だが、どこか間が抜けている。服装から見れば敬虔なアリスト教徒だが、真面目な彼らとはそぐわぬ人格をしている。思えば、ロイドと名乗った魔法使いも、同じような白銀の軽鎧をしていたが。


「まあ、いいや。どちらにしろ無駄な抵抗だからな。いくぞ!」


 そう叫び、サハンズが一気に間を詰めてきた。連打連打連打連打。その巨体では信じられないほどの速度で繰り出される拳撃は、先ほどよりも手数が多い。おそらく、一撃の威力を減らしてそのスピードを速くしているのだろう。


「くっ……」


 息をつくまもなく、回避を続ける。当然、攻撃よりも防御の方が神経をすり減らす。どこかで攻撃に転じなければジリ貧確定の状況。だが、焦りはない。これだけのスピードで動き続けて、ひと息も吐かぬ人間はいない。攻撃の切れ間が勝機……


 ここだ。


「はあああああああっ」


 放ったのは、大振りの拳。


「甘い!」


 サハンズは得意げに、それをかわし次の攻撃へと移ろうとする。


 ガツッ。


 しかし、その意思とは裏腹に、彼の膝が崩れ落ちる。その大きな額に、彼女の踵が入った。栄光の手ハンズ・オブ・グローリーを目の前で装着し、あたかもそれで攻撃するように意識させた。そして、ワザとかわさせ、その勢いで回し蹴りを見舞う。


 タイプは違うが、シスは常に彼らと同等の……いや、彼ら以上の戦闘能力のあるミラと戦っていた。その中で教わったことが、今まさにここで生きた。少なくとも彼女以上でなければ、焦って対処する必要はない。


「はぁ……はぁ……」


 誰かに攻撃されても仕方ないと笑ってあきらめていたあの頃から。ただ、脅威に震えて助けを求めているだけのあの頃から、自分は変わった。変わることができた。


 あの人はどこかで見てくれているだろうか。
























「見事な太も……回し蹴りだな」


 禁忌の館から、鴉の目を通して、アシュがつぶやいた。




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