襲撃
突然の反応に、シスは驚きを隠せなかった。店員から読み取れるのは、明らかな恐怖。ただ、声をかけようとしただけで、なぜそんなことになってしまうのか。リリーもあんぐりと口を開けたまま固まっている。
「どういうことですか?」
「……」
店員はうずくまったまま答えない。ふと、シスが周囲を見渡すと、いつのまにかいた人々が誰もいなくなっていた。大道芸人や音楽家たちは愚か、通行人でさえも。屋台などはすでに引き上げられ、周囲は打って変わったように閑散としていた。
「リリー、もう行こう」
極力、気分を落ち着かせながら、蒼色髪美少女は立ち上がる。嫌な予感が全身に広がるが、それを表に出さないように殊更な笑顔を浮かべながら。
「う、うん。それは、いいんだけど……」
状況を飲み込めていないリリーはダユードをくわえながら困惑顔だ。
その時、向かいから3名のアリスト教信者が歩いてきた。一人は白銀の軽鎧を着た大男。無精ひげを生やしており、その綺麗な鎧とは明らかにアンマッチだった。残りの二人は白い法衣を着た男と女。男は少し小太りで、女は異常なほど痩せ細っている。
「あれが、聖櫃……へえ、可愛いじゃん」「なに、鼻の下伸ばしてんのよ」「うるせえなあ、嫉妬か」「殺すわよロリコン」「んだとババア殺すぞ」「おい、お前ら。黙って仕事しろ」
大男と痩せた女が言い合いを始め、小太りの男がそれを諌めている。その慣れたやり取りは、この閑散とした空間にはマッチしないものだった。
「……なんですか、あなたたたちは?」
こちらに歩いてくる彼らにリリーが声をかける。
「お嬢ちゃん、怪我したくなかったら引っ込んでな」「なにカッコつけてんのよ、ロリコン」「殺すぞ、ババア」「二人とも、黙れ」
またしても口論が絶えないこの3人に、リリーのイラ立ちは募る。さしあたって文句を返そうとする彼女を制止し、シスは前に出る。
「あとで説明する。彼らは敵よ……構えて」
「……うん、わかった」
むしろ、それだけわかればいいと言わんばかりに、彼女は戦闘のスイッチを入れる。
「はぁ、やっぱりガキだな。おとなしくしてれば痛い目に遭わないものを」「そんなガキがタイプなのはどこのどいつなのよロリコン」「ババア、殺すぞ」「……いい加減にしろよ、二人とも」「はいはい、わかった……よ!」
「……っ」
速い。白銀の軽鎧をまとった大男が、会話を中断して猛然と向かってきた。一瞬にして間を詰められたシスは、バックステップをして、繰り出された拳激を辛うじてかわした。
「ほぉ、いい動きだ」
大男は感心したように笑う。
「こん……の、シスから離れなさい!」
<<火の存在を 敵に 示せ>>ーー
すかさずリリーは至近距離で炎を放つ。
「しゃらくせぇ!」
常人ならば、火だるまになるほどの炎を、大男は拳でかき消す。それは、リリーのように魔法で相殺する方法ではなく、単純な風圧で。
「……」
目の前の大男を前にして、シスの額に汗が流れる。強い。初級魔法とはいえ、リリーの魔法は威力的にはトップクラスだ。それを、いとも簡単に防ぐなんて並の武道家ではない。先ほどの軽口とはうって変わって、対峙してわかる威圧感は、学生たちなどとは比べものにならない。
<<雷の徴よその切なる怒りを地を這いし者へ示せ>>ーー
<<風の徴よ 猛き刃となりて 敵を斬り裂け>>ーー
その間、残りの男と女の魔法使いが放ったそれは、雷風となって混じり合い、周囲を破壊しながらリリーに襲いかかる。
「くっ……」
即死級の一撃。二属性を二つで四属性というほど単純ではないが、この魔法はタイミングが完璧で四属性級の威力となっている。リリーは息を止めて右指二本、左指二本で魔法を相殺してみせる。
「なるほど。聞いてはいたけど凄いわね。本当に、一瞬で四属性を相殺させちゃうのね」
感心したように女はつぶやく。
「……はぁ……はぁ」
リリーは一気に息を吐く。これほどの一撃は一瞬のミスと躊躇が命取りだ。初級魔法での練習は今でも欠かさないが、実践はやはりすり減らす神経の次元が違う。
そして。
人を死に至らしめる魔法を躊躇なく放った彼らに対しても、一抹の恐怖を覚える。もちろん、リリーも場合によっては躊躇なく人を殺すヤバい系美少女である。ただ、それをするには段階がある。自分自身の倫理感のリミッターを外すこと。そして、決して罪に問われない理屈を構築すること。この二つが必須の条件であるが、彼らはすでにそれがぶっ壊れている。
「オラオラオラオラ!」
一方で、間髪入れずに繰り出される大男からの拳激。一撃でも喰らえば致命傷になりかねないそれをシスはすべてかわす……いや、かわさざるを得ない。本来ならば、数発の被弾や防御を覚悟するのだが、それをすればダメージが残り動きが鈍る。必然的に相手側の拳激のスピードが落ちるのを待つしかないが、一向に衰える様子はない。
シスとリリーは苦しい展開を強いられていた。
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