怯え
首都ジーゼマクシリアの中央図書館は、大陸でも有数の規模を誇る。よくアシュもここに足を運ぶという自慢話を聞き、リリーが強引にシスを誘った形だ。
「……ここがあいつの行ってた図書館。『なに!? このナルシャ国にいながら中央図書館に行ったことがないだって! はぁ、リリー=シュバルツ君。君は人生の半分損しているよ』……上等じゃない! どこがどう損してるのか、徹底的に調査して徹夜で小論文にまとめて提出してやるわよ!」
「ハハ……」
怒りで腕をブンブン回しているリリーに、シスは苦笑いを浮かべる。最近、アシュ真似がメキメキと上達してきた彼女は、『ホグナー魔法学校図書館こそ至高』と言い張り、性悪魔法使いに1時間説教を食らう羽目になった。
「でも、自慢げに言うだけあって広いわね」
コロッと情緒が切り替わって、興味深気に館内を巡る二人。
「……」
「どーしたの? 元気ないね」
「ん? そんなことないよ」
刺客に注意するよう言われたが、リリーの勢いに釣られて、つい遠出してしまった。もちろん、このことは誰にも言っていない。いつ来るかもわからない刺客に、無駄に心配させるのは本意ではない。特に、目の前にいる親友は、凄く心配してくれるだろうが、同時に心配事もすごく増えるということもあるし。
まあ、なんとかなるだろうとシスは気持ちを切り替える。出来ることといえば、いつも通りの日々を注意して過ごすことしかできない。なにかあった時に対処すればいいやと、能天気美少女は棚で目当ての本を探す。ちょうど調べたいことがあったので、むしろリリーという強力な魔法使いがいることはプラスに働くのだろう。
シスが手に取ったのは、アリスト教に関する書物だった。やはり、自分が狙われていることもあって、彼らの成り立ちには多くの興味を持つ。さすがに、聖櫃のことが書かれた書籍は見当たらなかったが、めぼしいタイトルの本を数冊積んで読書に勤しむ。
そもそも、神の子アリストがナルシャ国出身だったという話は有名だ。彼は17歳の頃、ここ旧リザベス教会(現在はサン・リザベス聖堂)にて洗礼を行い、その類い希な能力に目覚めたという。その話が本当だとすれば、17歳になろうとしているシスの不能も解消されるはずなのだが、さすがにそこまで楽天的ではない。神の子アリスト以降、時代そのものを変えるような寵児は出てきていない。それを考えると、聖櫃は生涯シス自身を不能にする能力だと思った方が理にかなっている。
「……はぁ」
シスは大きくため息をつく。アシュは自分のことを治してくれると言ったが、それがいつかまでは明確にはなってない。実際、今まで生きてきた状態と変わらず大して不便でもないのだが、希望を見せられると、どうしても欲張りになってしまうことを自覚した。もし自分が魔法を使えたらと想像しなかった日は一度もない。
「ねえねえ、シス。帰りだけど、流行のダユード屋さん行こうよ」
一方、そんな悩みなど知るよしもなく、好奇心旺盛少女は甘えた声でささやく。ダユードとは、牛乳を魔法で固め、綿上に変化させたお菓子である。こちらも、クラスメートのサーシャから自慢され、どうにも興味が沸いてしまったらしい。
「んーっと……」
ここで、またしてもアシュの言葉がよぎる。勉強目的の図書館ならまだしも、さすがに街中を出歩くのは呆れられてしまうだろうか。ただ、訳を話すに断れる明確な言い訳も思いつかない。
「駄目ならあきらめるけど」
「……いいよ」
このシュンとした顔は反則だと思う。同性から見ても可愛すぎるその顔でそんなことを言われたら断るという選択肢は打ち消されたようなものだ。
「ほんと!? やったぁ!」
ニパーっと太陽のような微笑みを見せ、早々と帰り支度をする。シスとしては、もう数冊ほど読みあさりたかったのだが、そんな嬉しそうな顔をされては、もう仕方がない。
ジーゼマクシリアの通りには大道芸人や音楽家たちがパフォーマンスをしており、屋台なども立ち並び、街は活気で溢れていた。相変わらずこの街は生気に満ちあふれている。基本的には静寂を好むシスだが、いろいろと陰鬱に考えてしまっているこの状況では、どこか救われた気持ちになる。
そんな中、お目当てのダユード屋についた。
「い、いらっしゃいませ」
「2個ください」
お金を渡して店員から、ダユードを受け取り、リリーに渡すと、その瞳を輝かせて頬張り始める。彼女の、まるで生まれたての子犬のような純粋さは17歳になってもまったく損なわれることはない。
そんな中、チラチラとこちらを観察する店員の様子が気にかかった。先ほども、どこかたどたどしい様子での接客で新人かなと思っていたが。
「あの……」
「ひ、ひいいいい! 殺さないで!」
シスが声をかけると店員は腰を抜かしながら後ろへ下がった。
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