探求



 そこは館と呼ぶにはあまりにも奇妙な場所だった。まぎれもなくアシュ=ダールが住まう場所であるが、庭を埋め尽くす程の墓標。常人ならば吐き気を催すほどの死臭。その中心にあるのは無機質な黒鉄で建てられた、まるで要塞とも言える巨大な建造物。


 人々はその場所を『禁忌の館』と呼んだ。


「失礼します」


「……ふーむ、ない」


 禁忌の館に戻ってからのアシュは、書斎にずっと籠っていた。なにやら、ゴソゴソと古書を漁っている。


「なにかお探しでしたら、私が探しておきますが」


「……うーむ。見つからない」


「……」


 あっ、エロ本かと有能執事は確信した。いつもは、タイトルかイメージを言ってミラに探させるのに、それをあえて自分で探すという行為から。もともとの性格が意地っ張りな癖に変態だから。この二点において、主人がエロ本を探していると言う結論に至った。


「ミラ、君はどう思う?」


 しばらく経って、アシュが尋ねる。


「書斎で欲情なさるというのはあまりにも品がありませんので、紳士を自称されるのでしたら、自室でなさってはいかがかと思いますが」


「……なんの話をしている?」


「……」


 ああ、言わす系の辱めかと有能執事は確信した。


「誤解のないように言っておくと、僕が尋ねているのは、あのテスラという大聖女のことだよ?」


「なるほど……あの方を想像なさって、ということですか」


 勝手に有能執事は納得し、自動的に、必然的に、完全不可逆的に、主人を最低エロ魔法使い認定をした。


「……いや、『逆に想像できない』と言った方が正しい。彼女の表情からは慈しみ以外の感情が読み取れなかった」


「……」


 神妙に考え込むアシュの姿を見て、ミラは初めて真面目な話をしていることに気づいた。


「試しに、あの従者を痛ぶって見たときでさえ、平然としていた……いや、アレは実際に平然だったと言えばいいのか……」


「趣味ではなかったんですね」


 どう見ても、嬉々としてやっていたようにしか見えなかったが、演技であったらしい。


「あんな三下、どうだっていいよ。あれは異常だよ。あの従者がもがき苦しんでいる時でさえ、彼女の表情かおは変わらなかった」


「……それで、なにを探されているのですか?」


「昔、一度だけ大聖女に関する論文を目にしたと思ったのだが……あった。これだ……ヘーゼン=ハイム……著」


 アシュは、あからさまに嫌な顔をした。


「……」


 普段見ぬ真面目な表情の主人に、『そんなはずない』と心の中で連呼する有能執事。どうせ、心の中で脳内はエロいことで塗れているのだと決めつけながらティーカップにダージリンティーを注ぐ。


「やはりテスラ=レアルはすでに、400年以上を生きている魔法使いなのだね。アリストの秘術……ククク……これは興味深い」


 高速でページをめくりながら、漆黒の瞳は上から下へと動いていく。それは、あまりにも感情を露わにしたものだった。


 それから、数時間が経ち。


「アシュ様……お食事はどうなさいますか?」


「……」


 答えはない。まるで取り憑かれたように、その論文を読み込む闇魔法使いに、彼女の声はもう届かない。どうやら、本当に真剣になっているのだと、ミラはやっと認めた。


 こうなると、アシュは長い。睡眠も食事もせずに、ただ自らの思考の淵に自分を追いやる。テスラという美女の感情の不変に興味を抱いたのか。それとも、アリストの秘術である不死性に魅入られたのか。


「……」


 相反している。アシュはミラに感情を持たせようとしているし、アシュは自身の不死を嘆いている。にも関わらず、逆の事象に興味を持つのは、アシュが天才である所以だろう。


 かつて、ゼノスという闇魔法使いがいたことを、彼はミラに話した。アシュと同様、不死性を持ち死者の王ハイ・キングと大陸中から恐れられた傑物だった。二人は、互いに喰らい合い、やがて一人がこの世に取り残された。


 そして、残った者は『闇喰い』と大陸から恐れられるようになった。


 アシュは狂気と正気を繰り返す。どこからが正気でどこからが狂気なのか、自身でも恐らくわかってはいない。本当の自分が狂気なのか、偽りの自分が正気なのかすらも。


「……」


 そんな主人を眺めながら。

































 彼女は彼の死を願った。





 


 

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