観察
授業後、理事長室に入ったアシュはソファに腰掛け、足を組んでミラに注がれたダージリンティーに口をつける。その立ち振る舞いは、先ほど、生徒たちの前で圧倒的にフラれたとは思えないほど威風堂々としていた。
「……」
総じてキチガイであると言う結論を、有能執事は下した。
「しかし、あなたがあの大聖女だとは思わなかったな。すでに数百年も生き続けていると聞いていたので、ある程度お年を召しているのかと思っていたが」
アシュは、そう言いながら上から下まで真向かいに座るテスラの身体をじっくりと観察する。
「……私はアリスト教のある秘法で、寿命を限りなく不死のレベルまで延ばしています」
「ほぅ。それは、興味深い。僕も一人だけ、そんな魔法使いがいたことは覚えているが。まぁ、彼はあなたとは異なり闇の魔法使いだったが」
ますます、上から下までじっくり観察する超エロ魔法使い。
「……」
「おっと、余談が過ぎたようだね。それで、話というのは?」
「聖櫃の中身を、私たちに渡して欲しいのです」
彼女の提案は、あまりに単刀直入だった。
「ふむ……シス=クローゼの体内にあるアレか。しかし、渡すもなにも彼女の身体に同化してしまっているから取りだすことすら難しいのだがね」
「そんなもの強引に取り出せばいい!」
従者のセナが強引に割って入る。
「……そうすれば、彼女は死んでしまうかもしれないね」
「そんなもの構うか!」
「僕は構うんだよ。どちらかと言えば僕は聖櫃である彼女の方に価値を見出しているのだからね。それに、たとえ強引に取り出したとして、僕が君たちに渡すと思うかい?」
その発言でセナの表情が一変し、瞬時に周囲がピリつく。
「……背信主義者が」
アリスト経の従者は、さも汚物を見るかのように、軽蔑ような口調で吐く。
「セナ、やめなさい」
テスラがあくまで冷静に静止するが、アシュは依然として表情を変えずにダージリンティーを口にする。
「別に構わないよ。僕が背信主義者であるのは純然とした事実だからね。ところで、セナ君と言ったか。僕は君とどこかで会ったかね? なにかしら僕に恨みを持っていそうだが、あいにく僕に心当たりがまったくないんだ」
おそらく大陸一不可抗力で恨みを買いまくっているであろう闇魔法使いは、それでも一瞥すら移さずに、上から下まで金髪美女の身体をじっくりと観察する。
「……貴様が殺したサモン大司教とともに戦ったアリスト教徒13使徒の一人だ」
「ほぉ」
その言葉を聞き、初めてアシュは漆黒の瞳をセナに向ける。
「貴様が……貴様さえいなければ」
「ふむ。まあ、それだったら君が恨みを持つ理由はわかる……しかし、おかしいね。あの戦いの参加者の生き残りはみんな死んだはずだったが?」
「……っ」
瞬間、従者の顔が一気に青ざめ、漆黒の瞳はまるでそれを見透かしたように歪む。
「……ああ、だんだん思い出してきた。一人いたな。サモン大司教の盾になって、身を呈して命を投げだす者の中に、震えながら頭を抱えている臆病者が」
「……黙れ」
「そうだ、完全に思い出したよ。あの時、自分の命惜しさに、サモン大司教を見殺しにした従者。それが君だったのか。いや、それは大変失礼だった。恩人に対して」
「黙れ……黙れ……」
「しかし、つれないね。僕らは共犯者だと言うのに。あのとき、実は拮抗していたんだ。君が彼らとともに命を投げうっていたら、魔法が跳ね返されて負けていた可能性がある。言ってみれば、僕は君に救われたんだよ」
「……嘘だ」
アシュはソファから立って、頭を抱える従者の隣に座って肩を抱く。それは、まるで寄り添うかのように。
「嘘じゃないよ。君と僕がサモン大司教を殺した」
「黙れ……違う……違う……」
「違わない。セナ君……違わないんだよ。僕は君に感謝しているんだ。だから、これから僕は君にお礼をしなければいけない。これから、毎日……いや、毎時間、君宛に
「……黙れ……黙れ…黙れ」
「もちろん君がいつか天寿を全うするときまで、『僕を救い、サモン大司教を殺してくれてありがとう』というメッセージを添えて。僕は、本当に本当に感謝しているのだからね……ククク……アハハハハハハハハ……アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れえ゛え゛え゛え゛え゛え゛っ!」
まるで狂ったような叫びを。
心地よさげに。
至福の表情で。
アシュは浴び続ける。
「……弱き者をいたぶって楽しいですか?」
テスラは静かに問いかける。
「ククク……わかってないな大聖女様。見たまえ、彼の救われた
アシュは彼女の紅の瞳の奥を覗き込む。
「……今日は失礼しましょう。また来ます」
テスラは立ち上がり、すすり泣いているセナの肩を抱きながら歩きだす。
「次は夜景の見えるレストランでぜひお食事でも。僕はあなたからのお誘いだったらいつだって待っていますから」
アシュの別れの挨拶は、異常なほど平静だった。
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